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第四章 手のひらの記憶1

 掴まれた腕が気持ち悪い。  宏輝は振り払おうとしたが、間宮に力で勝てないことは実証ずみである。間宮はいまどきの若者らしく、一見華奢にも見えるが、スポーツでもしていたのか腕力が強い。宏輝の細腕など簡単に折れてしまいそうだ。 「ま、間宮、頼むから離して……!」 「嫌です。手離したら先輩逃げちゃうでしょ?」 「逃げない! 逃げないから!」 「だーめ。今日は俺の好きにさせてもらいます」  間宮は宏輝を寝室まで連れこみ、ベッドの上に放り投げる。  宏輝は慌てて上体を起こそうとするが、そのまえに間宮に体重をかけられ、シーツに縫い留められる。両手首を万歳するように頭の横に抑えつけられ、まったく抵抗ができない。 「やめ……」 「怯えてるんですか? 可愛いですね、先輩」 「離して……」  そのとき、宏輝は寝かされている場所に違和感を覚えた。  おかしい。宏輝は昨晩将大の家に泊まっていた。それなのに、どうしてベッドに温もりが残っているのだろう。  ――まさか……。  宏輝の表情を読み取ったのか、間宮は卑下た笑みを浮かべ、答える。 「気づいちゃいましたか? そうです。俺、昨日先輩が帰ってくるのを待っていたんですよ。でもあまりに帰りが遅いから、ここで寝ちゃいました。先輩の香りに包まれながら寝れるだなんて、俺は幸せ者です。だから、先輩も俺の匂いを感じてもらいたいな」  背筋が凍りつく。間宮は昨晩から宏輝のアパートへ侵入していたというのか。  もしも将大のアパートへ泊まらずにそのまま帰宅していたら、いったいどうなっていたのだろう。鍵が無かったのが幸いだったとも思うが、どちらにせよ結果は同じだ。  むしろ間宮が怒っている分、宏輝自身に対する怒りは強くなるのではないか。  あらゆる考えを巡らせていると、宏輝は突然強い力で顎を掴まれ、無理やり視線を合わせられた。 「どうして俺のこと見ないんですか?」 「え?」 「先輩って人と目を合わせて話すの苦手ですよね。見るからにそういうタイプだもん。もしかして俺のことが怖いんですか?」 「……こ、怖くない。お願いだ、間宮。手を離して」  宏輝がそう懇願すると、間宮は綺麗に整った顔をにゅっと突き出し、ちろりと鼻先を舐める。宏輝はびくりと肩をすくませた。 「可愛い」  間宮は宏輝の身体を抑えたまま、戯れのようにキスの雨を降らせる。間宮の舌が首筋をくすぐった瞬間、嗅ぎ慣れたミントの香りがした。

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