35 / 82
第四章 手のひらの記憶5
将大は急いで小学校を出ると、まっさきに宏輝の家へ走る。小学校から宏輝の家までは歩いて十五分ほどの道のりだ。走っていけばその半分の時間で着くだろう。
だらだらと汗が流れ落ちる。将大は額から滴るそれらを腕で拭い、宏輝の家まで駆けた。
だが、ようやく辿り着いた将大を待っていたのは宏輝ではなく、彼の母親だった。聞けば宏輝はまだ帰っていないらしい。先に帰ったはずの宏輝が帰宅していないだなんておかしい。
宏輝の母親もなかなか帰らない息子を心配したのか、将大に彼の行方を聞く。
『俺が絶対に連れて帰ります!』
将大は宏輝の母親に約束をし、宏輝の家を出た。
次に将大が向かったのは、幼い頃からよく遊んでいた公園だ。もしかしたら、そこにいるのかもしれない。将大には強い確信があった。
宏輝の家からさらに五分ほど歩いた先に、その児童公園はある。ブランコと滑り台、鉄棒などがある、ごく普通規模の公園だ。
公園の周囲に張り巡らせてあるフェンスが見えたとき、かすかに悲鳴が聞こえた気がした。
将大は立ち止まり、悲鳴が聞こえた方角を探すが、まったく見当がつかない。周囲を見渡しても、不審な点は何もない。
「ヒローっ!」
将大は力の限り叫んだ。
「ヒロっ! どこだーっ!」
どれだけ叫んでも宏輝からの返事はない。
聞き間違いだったのかと思い、その場を立ち去ろうとしたそのとき、公園の公衆トイレから宏輝がよろよろと出てきた。
「ヒロ……?」
宏輝の顔は青白く、衣服が乱れている。
将大と目が合うと、ハッと息を飲み、おおげさに視線をそらして将大の傍をすり抜けようとした。
宏輝に何かあったのは明白である。だが将大の幼い知識では、宏輝の衣服の乱れや荒い呼吸の正体が、何を示しているのかはわからなかった。
「ヒロ……大丈夫か?」
将大は宏輝に駆け寄り、震える身体を抱きしめようとしたが、その腕は強い力で振り払われた。
「触るなっ!」
将大は目をみはる。目の前にいるのは、本当に宏輝なのだろうか。
「僕に触るな!」
深い傷を負った手負いの獣のような鋭い目で、宏輝は将大のを威嚇する。
「ヒロ? 何があったんだ?」
「マサくんのせいだ……信じてたのに、マサくんのこと信じてたのに!」
「落ち着け!」
「マサくんなんか大っ嫌い!」
それは宏輝から受けた初めての拒絶だった。
ともだちにシェアしよう!