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第四章 手のひらの記憶5

 将大は急いで小学校を出ると、まっさきに宏輝の家へ走る。小学校から宏輝の家までは歩いて十五分ほどの道のりだ。走っていけばその半分の時間で着くだろう。  だらだらと汗が流れ落ちる。将大は額から滴るそれらを腕で拭い、宏輝の家まで駆けた。  だが、ようやく辿り着いた将大を待っていたのは宏輝ではなく、彼の母親だった。聞けば宏輝はまだ帰っていないらしい。先に帰ったはずの宏輝が帰宅していないだなんておかしい。  宏輝の母親もなかなか帰らない息子を心配したのか、将大に彼の行方を聞く。 『俺が絶対に連れて帰ります!』  将大は宏輝の母親に約束をし、宏輝の家を出た。  次に将大が向かったのは、幼い頃からよく遊んでいた公園だ。もしかしたら、そこにいるのかもしれない。将大には強い確信があった。  宏輝の家からさらに五分ほど歩いた先に、その児童公園はある。ブランコと滑り台、鉄棒などがある、ごく普通規模の公園だ。  公園の周囲に張り巡らせてあるフェンスが見えたとき、かすかに悲鳴が聞こえた気がした。  将大は立ち止まり、悲鳴が聞こえた方角を探すが、まったく見当がつかない。周囲を見渡しても、不審な点は何もない。 「ヒローっ!」 将大は力の限り叫んだ。 「ヒロっ! どこだーっ!」  どれだけ叫んでも宏輝からの返事はない。  聞き間違いだったのかと思い、その場を立ち去ろうとしたそのとき、公園の公衆トイレから宏輝がよろよろと出てきた。 「ヒロ……?」  宏輝の顔は青白く、衣服が乱れている。  将大と目が合うと、ハッと息を飲み、おおげさに視線をそらして将大の傍をすり抜けようとした。  宏輝に何かあったのは明白である。だが将大の幼い知識では、宏輝の衣服の乱れや荒い呼吸の正体が、何を示しているのかはわからなかった。 「ヒロ……大丈夫か?」  将大は宏輝に駆け寄り、震える身体を抱きしめようとしたが、その腕は強い力で振り払われた。 「触るなっ!」  将大は目をみはる。目の前にいるのは、本当に宏輝なのだろうか。 「僕に触るな!」  深い傷を負った手負いの獣のような鋭い目で、宏輝は将大のを威嚇する。 「ヒロ? 何があったんだ?」 「マサくんのせいだ……信じてたのに、マサくんのこと信じてたのに!」 「落ち着け!」 「マサくんなんか大っ嫌い!」  それは宏輝から受けた初めての拒絶だった。

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