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第四章 手のひらの記憶10

「間宮……っ」  赤く擦り切れた傷が痛々しい。それを見た将大は間宮への怒りを示す。 「殺してやる」  将大の脳裏に浮かぶのはヘラヘラとしたニヤケ顔で宏輝に話しかける間宮の姿だ。  初めて見たときから間宮は危険な男だとわかっていたはずなのに、いざ宏輝に危害が加わるまで何もできなかった自分が腹立たしい。  衝動のまま立ち上がった将大の腕を宏輝が掴む。 「行かないで、マサくん……」 「ヒロ。俺はあいつを許せない。このまま放っておいたら、あいつはまたヒロに近づく。だから――」 「僕の前で他の男の名前出さないで」 「ヒロ……」 「僕はマサくんがいればそれでいい」  将大を掴むその手にぎゅっと力がこもる。将大は身体ごと振り返る。  宏輝はまだ苦しげだったが、多少落ち着いたようだ。  将大は思わず抱きしめたくなったが、すんでのところで止まる。宏輝を守りきれなかった自分には、彼に触れる資格はないと思ったからだ。  伸ばした腕はそのままに硬直する将大を見て、宏輝はクスリと笑う。 「ねえ、マサくん――」  ようやく通常の呼吸を取り戻した宏輝が将大に向かって腕を伸ばす。 「――『おまじない』して?」  その呼びかけに呼応するように将大は宏輝の身体に触れ、求められるがままに彼に口づけた。  今でも他人に触れられるのは怖い。だが将大なら大丈夫だということも、宏輝には薄々わかっていた。  将大も宏輝に触れたいのを必死で抑えているような素振りを見せる。  将大は優しいから、宏輝を傷つけまいと自らの思いを抑制するようになっていたのであろう。将大にはそんな思いをしてほしくはない。  だが宏輝は安易に身を許して、将大を拒絶してしまうことが怖かったのだ。  だから将大との間には『おまじない』と称した身体を許し合える時間を作ったのだ。この時間だけは宏輝は将大にすべてを許し、彼と直に触れ合うことができる。 「ヒロ……ヒロ……っ」  将大が宏輝の名を呼び、熱い口づけを交わす。宏輝も将大を受け入れ、彼の味を存分に味わった。  一限目の講義の時間が迫っていようと関係ない。この時間だけが今のふたりにとって、強くて深い繋がりを感じることができるのだ。  宏輝は将大の腕を取り、ゆっくりと自らの背に持っていく。 「いいのか?」 「うん」 「本当に?」  宏輝は将大にだけ見せる笑みを浮かべて、小さくうなずいた。  閉ざされたカーテンの隙間から射しこむ陽の長さが伸びても、宏輝と将大は互いの身体を離さなかった。

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