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第五章 やさしい腕の中で1

 何度朝が来たとしても、もうカーテンが開かれることはない。  宏輝は枕元の時計で時刻を確認し、今が朝の九時過ぎだと知る。今日は何日だろう。今日は何曜日だろう。講義は一限からか。それとも二限からか。  だが、たとえ今日の講義が一限から入っていたとしても、宏輝には大学へ行く気力がなかった。ひどい倦怠感が全身を苛む。  大学へ行くと思うだけで身体に不調をきたすのだ。これは精神的な影響が大きいと宏輝自身もわかっていた。  だからこそ、間宮が襲撃してきたあの日から、宏輝は大学を休んでいる。キャンパス内で間宮と会いたくないということがおおよその理由だが、宏輝はすっかり人間不信に陥ってしまったのだ。  それでも毎日の習慣というものは身体に染みこんでいるようで、どんなに遅くまで寝ていたいと思っても、宏輝は十時前には起きてしまう。  外出するのは怖い。いつどこで間宮の目があるかわからないからだ。将大は心配するなと言ったが、間宮がそう簡単に諦めるとはとうてい思えない。それは宏輝なりの自衛でもあった。  今の宏輝と外界とを繋ぐものはスマートフォンに記憶された唯一のアドレス。そして電話番号。将大のものだ。  宏輝は将大との数少ないやりとりを楽しんでいた。  宏輝はその後、動ける範囲で部屋を片づけ、もうひと眠りしようと思っていた。そこにピコンというメールの受信音が入る。当然将大からだ。 『午後のゼミ休みになった。何か買っていくから、昼一緒に食べないか?』  将大は宏輝のそばにいると言ったが、宏輝がそれを許さなかったのだ。その結果、将大は宏輝の分まで講義を受けることになる。将大との間にも少し距離を置きたかったのだ。  将大は宣言通りに午前中の講義を終えると、大学近くの安い総菜屋で弁当をふたつ買い、宏輝のアパートへとやってきた。宏輝が弁当代二百八十円を払おうと財布を取り出すと、将大はそれを断り、弁当と一緒にクリアファイルを手渡した。 「昨日と今日の板書。ヒロの分コピーしておいたから」 「ありがとう」 「それから週末の課題。この範囲の分、レポートにして来週提出。昨日今日の内容だけで足りないのなら、俺のノート貸すけど」 「ううん。そこまでは大丈夫だと思う」 「何かあればいつでも声をかけてくれ」 「わかった。何か飲む? たぶんお茶くらいしかないけど」  宏輝は冷蔵庫へ向かいながら声をかける。将大からは何でもいいという返事がきた。  緑茶のペットボトルとグラスをふたつ用意して将大のもとへ戻ると、将大は座卓に弁当をふたつ広げ、宏輝が来るのを待っていた。

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