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第五章 やさしい腕の中で2

「先に食べていてよかったのに」 「いや、ヒロが来てからにしようと思って」 「……僕、こんなに食べられないかもしれない」  グラスに緑茶を注ぎながら、宏輝は弁当の中身に不満をもらす。将大が買ってきた弁当は安価で量が多いのが売りだが、今の宏輝にとって揚げ物がぎっしりと詰まったこの弁当は嫌がらせ以外のなにものでもなかった。 「胃が苦しくて」 「残ったら俺が食べるから。ヒロは無理しないで」  それを買ってきたのは誰だ、と宏輝は目の前の男を睨んだ。  やはり弁当は大半を残してしまった。  宏輝は市販の胃薬を緑茶で流しこみ、少し寝ると言って寝室へと向かう。大丈夫かと将大が問うたが、宏輝は首を振り、何も言わずにベッドに横になる。  将大は寝室までは入ってこなかった。きっと宏輝が残した分を必死に食べているのだろう。将大は宏輝に比べれば食べるほうだが、かといって大食漢というわけではない。 「ごめんね、マサくん」  掛布団を鼻下まで引き上げ、宏輝は束の間の休息に入る。そろそろこの布団じゃ少々寝苦しい。もうすぐ梅雨入りだとニュースで見た。近々タオルケットに替えよう。  将大がふたり分の弁当を食べ終え、空になったプラスチック容器を処分し終えたときには、宏輝はすやすやと寝息を立てていた。  近づいてそっと宏輝の寝顔を覗くと、彼の額には数滴の汗が滲んでいる。将大は手を伸ばし、額の汗を拭おうとして――やめた。  間宮の一件は宏輝だけではなく、将大自身にも大きな傷を残したのである。  ――もし、この手で宏輝に触れたらどうなるだろう。  待っているのは拒絶だ。それは間違いない。  将大は寝室を出て居間へ戻ると、座卓の上に真新しいルーズリーフを数枚と、自らの板書をまとめたノートを取り出し、各講義の要所をわかりやすくまとめ直すように、ルーズリーフに書きこんでいく。宏輝はいらないと言ったが、あって損なものではない。  ――宏輝にとって、俺はどういった存在なのだろう。  一文字一文字書き進めて行く間に、将大はそんなことを考えていた。  ――幼馴染? 同級生? 友人? それとも親友?  将大は宏輝にとっての唯一でありたいと常に思っている。だがそれを上手く表す言葉が見つからないまま、この二十年近く、将大は宏輝のそばにいたのだ。

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