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第五章 やさしい腕の中で5

 その日の講義は大変だった。  宏輝は数日分の遅れを取り戻すように、いつも以上に熱心に講義を聞いたが、実のところさっぱり理解できなかった。将大から借りたノートがなければ専門用語の意味すらわからなかっただろう。  午後の講義までの空き時間、宏輝は食堂へ向かおうとしたが、将大がそれを止めた。理由は言わずもがなである。だが、あの一件から幾日か経っている。そこまで気にすることかと聞くが、将大は譲らなかった。 「今日は天気も良いし、外のベンチで食べないか?」 「別にいいけど……」  宏輝が曖昧な返事をすると、将大は少し顔を曇らせたが、何事もなかったかのように歩き出した。宏輝も将大について行く。  途中、前を行く将大の歩調が速くなった。 「どうかしたの?」 「なんでもない」  背の低い宏輝はついて行くのでやっとだったが、しばらくして将大の意図を悟る。  ――間宮だ。  講堂から外に出て、ベンチへ向かう道で偶然間宮たちのグループとすれ違ったのだ。宏輝は慌てて顔を伏せ、存在を消す。将大の歩調に合わせて早足で歩くと、あっという間に間宮たちは離れていった。 「ヒロ、大丈夫か?」  大丈夫ではない。現に、冷や汗が止まらないのだ。すれ違っただけだというのに、身体はあの恐怖を忘れていないらしい。宏輝はぐっと唇を噛んだ。  間宮とはその後すれ違うことはなく、しばらく平穏な日々が続いた。  接触恐怖症は治らないものの、少しずつ周りの人たちとのコミュニケーションも取れるようになってきた。宏輝は将大以外の相手とも話すようになり、それなりに大学生活を楽しめるようになって、表情を和らげる日も増えた。  週末の土曜日。将大が宏輝をデートに誘う日だ。  将大はデートという表現を使ったが、要はふたりで遊びに行く延長である。それでも宏輝はいつもよりも気合を入れて服を選び、髪型を整えた。  待ち合わせの駅前には約束の十分前に着いたが、宏輝よりも先に将大が到着していた。 「ごめん、マサくん。遅くなって」  待ち合わせ前に着いたとはいえ、やはり待たせてしまった、という気持ちになる。だが将大はそんな宏輝の性格はお見通しのようで、気にすることはないと言う。 「俺のほうこそ早く着き過ぎたんだ。じゃあ行こうか」 「うん」  将大が先を歩き、宏輝が後を追う。手を繋ぐことはなかった。仮に宏輝が接触恐怖症でなくとも、出先で男同士手を繋ぐのはおかしい。もちろん、同性愛に理解がないわけでもないが、宏輝は恥ずかしさの方が勝っていた。  ――僕とマサくんの関係って……?  親友という言葉では物足りず、だからといって恋人でもない。結局のところ幼馴染が一番落ち着くのだ。 「どうした、ヒロ?」 「ううん、何でもない」  その後の電車では、当たり前のようにふたりは隣同士に座った。

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