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第五章 やさしい腕の中で7
「宏輝、俺は――」
将大はコーヒーを啜りながら続ける。
「――俺は、宏輝のためなら何でもしてあげたい。宏輝の喜ぶ顔が見たい。でも度が過ぎる好意は悪意にしかならないんだろうな。俺は宏輝のことを大切に思うあまり、宏輝を傷つけていたらと思うだけで怖い。俺のすることすることがすべて空回りになってしまうのは――俺としてもつらい。なあ宏輝、俺はお前のこと大切にできているのか?」
宏輝は空になったカップを床に叩き落としたくなった。
その後の雰囲気は最悪だった、と宏輝は思う。
将大は将大で宏輝に気を遣いつつ、意外にも楽しんでいるように感じた。
咬み合わない。ぎくしゃくしている。何もかもが空回りで、宏輝の反応に一喜一憂する将大の姿は、客観視するとどこか滑稽であった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
ホームの待合室のベンチに座りながら、将大が宏輝に言った。
「ヒロとずっといれて、楽しかった」
「僕はあんまり楽しくなかった」
「すまない」
「いいよ、もう済んだことだし」
子供じみた言い合いをすると、ますます空気が険悪になっていくのは宏輝もわかっている。だが、将大への攻撃は止まらない。
「マサくんのことは好きだけど、今日は少し嫌いになった。どうしてだろう。どうしてだと思う?」
「ヒロ、俺のどこが悪い? はっきり言ってくれないか。直すから」
「そういうところでしょ。僕のことしか言わないじゃん。僕を大切にしたいマサくんの気持ちはわかるけど、それでマサくんがマサくんじゃなくなっていくのは、見ていてつらい」
「俺が俺じゃない?」
「最近のマサくん……ちょっと怖いよ」
宏輝はベンチから腰を上げ、電車を待つ列に並ぶ。慌てて将大も腰を浮かすが、宏輝はそれを制した。
「僕、先に帰る。マサくんは次の電車で帰って」
「ヒロ、俺を置いていくのか?」
「そういうわけじゃない。でも、今は少し距離を置きたいだけ」
「でも……」
「動かないで、マサくん。もしも追いかけてきたら、飛び降りるから」
宏輝はふわりと片足を上げ、ホームすれすれのラインまで移動する。万が一強風が吹けば、体重の軽い宏輝の身体は簡単に投げ出されてしまうだろう。
「やめてくれっ!」
「じゃあ動かないで」
肩越しに将大を睨みつけ、宏輝は低い声を出す。宏輝の中には将大を試したい気持ちもあった。将大を困らせてやりたい。将大の焦る顔が見たい。宏輝がいくら振り回したところで、将大はついてくるだろう。それがたまらなく快感だった。
「明日からまた大学だけど、今日あったことは全部忘れてもいいから。僕のこと嫌いになったかもしれないけど、マサくんはマサくんのままでいいから。でもね――」
ひときわ強い風が吹き、宏輝と将大との間に溝を生み出す。
間もなく、電車が到着するのだ。
「――僕らはきっと離れられない。そんな運命なんだ」
「ヒロ……」
「マサくんのこと嫌いになったわけじゃないよ。何度も言うけど、距離を置きたいだけ。ほんの少しだけひとりになりたいんだ。僕のわがままを許してくれる?」
「俺は待ってるから」
「そう。ありがと」
宏輝が電車に乗りこんでも、将大はベンチから立ち上がろうとはしなかった。
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