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第六章 名を問う者ども1

 翌日、宏輝は将大を避けるようにして、ひとり大学へと向かう。将大を突き放して、それなのに何もかも忘れてしまおうなどと、安易に提案した自分がひどく恥ずかしい。結局宏輝は将大と会うのが怖かったのだ。 「先輩……」  だから、今さら間宮とふたりきりになったとしても、彼に対して思うことは特にない。午後の空き時間に間宮を呼び出したのは宏輝の意志だった。 「体調はどうです? あれから俺、心配で心配で」 「大丈夫だよ。そんなことよりも、来てくれてありがとう。僕なんかに構っている時間があったのかな?」 「どういう意味です?」 「ううん、何でもない。少し歩こうか。東門の近くに新しいカフェができたんだって。そこでゆっくり話そう」  間宮の返答を聞かずに、宏輝は先を急ぐ。後ろから間宮が着いてくるのは気配でわかったから、宏輝は一度も振り返らなかった。  昨日の帰り、宏輝は間宮から事の詳細を聞いて正直驚いた。彼に悪意が無かったとはいえ、宏輝をつけていたのには変わりはない。恐ろしい話だ。  それなのに、宏輝を襲った窮地から救い出してくれたというだけで、宏輝は間宮に対して抱いていた悪感情が少しずつ薄まっていたのだ。 「間宮――」  宏輝は後ろを歩く間宮に問う。 「――お前、下の名前は?」  瞬間、間宮がハッと息を飲む。それから、やや照れくさそうなニュアンスで、夏紀ですと答えた。 「夏紀ね……うん、たしかに夏紀って雰囲気あるよ。お前らしい」 「そういうこと言ったの、先輩が初めてです」 「へえ。お前はそういうの言われ慣れていると思った。これからはどっちで呼ぼうか。名前呼びの方が嬉しい?」 「いえ。今まで通り、間宮と呼んでください」  再会してからの間宮はやけに誠実だった。その百八十度と言っていいほどの変わりように、宏輝は少し戸惑ったが、もしかしたらこちらのほうが彼本来の性格なのかとも感じられる。今の間宮が発する飾らない雰囲気には好感が持てた。 「あの、先輩……」  宏輝がちょうどカフェへの曲がり角へ差しかかろうとしたとき、間宮が控えめに話しかける。 「今さらですけど、俺と一緒にいて大丈夫なんです?」 「本当に今さらだね」  ふふっと自嘲気味な笑みを浮かべた宏輝は、改めて自分と間宮との距離間を見る。やはり何も感じない。  一方、数歩後ろに立つ間宮は、不安げな眼差しで宏輝を見る。 「こんな道端で話す内容でもないけど、僕は間宮に対して、そんなに悪い感情は持ってないよ」 「……本当に?」  間宮の目尻がほころぶ。その表情を見た宏輝は、まるで捨てられかけた子犬みたいだなと思った。少しだけ、ほんの少しだけ間宮に対して可愛いなという愛情さえ湧いた。

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