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第六章 名を問う者ども2
「でも触るのはだめ」
「それは相手が俺だからですか? 長谷川先輩はいいのに、俺はだめってことですか?」
「間宮だけじゃない。僕は昔から人に触られるのが怖くて仕方がないんだ。ただ、マサくんが例外なだけだよ」
「俺じゃ――」
「お前じゃマサくんの代わりになれない。悪いけど」
「……そういえば最近、長谷川先輩の姿見かけませんね」
「お前が僕の姿しか見てないからじゃないのか」
嘘だ。聡い間宮なら、その事実に気がついても不思議ではない。背中に間宮の追及の視線が刺さる。知りたくてしょうがないといった様子だ。宏輝は肩越しに振り返り、口角を吊り上げて笑ってみせる。こんなにひねくれた態度を取った相手は間宮が初めてかもしれない。
「すみません。訊かないほうがよかったですよね」
「ううん、いいよ。間宮の言ってること、ほとんど当たってるから」
「じゃあ、何があったんです?」
「それは店に着いてから――と言っても、もう着いちゃったね。入ろうか。今ならすぐに座れそうだから」
間宮の問いから逃げるように、宏輝はカフェへ入っていく。間宮も後に続く。
中はアンティークな雰囲気が漂う、落ち着いた空間だった。近隣のコーヒーチェーン店のような華やかさはないが、この店にはカフェというよりも純喫茶と呼んだほうがしっくりくるレトロな趣がある。間宮は辺りをきょろきょろと見回したが、店内奥のソファー席に通されると、今度はその座り心地が気に入ったのか、子供のように無垢な笑みを見せた。
「気持ちいい?」
宏輝はメニューを差し出しながら訊く。
「俺、あんまりこういう店、来たことないんで」
「普段はどういうとこ行くの?」
「カラオケとか飲み屋とかばっかで。こういうとこ、ちょっと入りにくくて――あ、俺、コーヒーで」
「ホット? それともアイス?」
「アイスで」
間宮の希望を聞くと、宏輝はさっそく店員を呼び、アイスコーヒーをふたつ頼んだ。間宮から聞くまで、アイスコーヒーという選択肢は思い浮かばなかった。いつの間にか、冷たい飲み物が恋しい季節になっていたのである。
店員がアイスコーヒーとお冷を運んでくる。そしてごゆっくりどうぞ、と声をかけ、そこはふたりきりの空間になった。
「間宮は甘党なの?」
話し出すきっかけを探していた宏輝は、間宮がコーヒーにガムシロップをふたつとミルクを入れてかき混ぜていることに気づく。
「もしかしてコーヒー苦手?」
「ちょっとカッコつけてみたんですよ。ぶっちゃけると、コーヒーも紅茶も苦手です。飲もうと思えば飲めますけどね」
「間宮は可愛いな」
「そんなことより、俺に話があるんでしょう?」
少し照れながら、間宮は話を振った。
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