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第六章 名を問う者ども4
「そうです。先輩は長谷川先輩以外の人と関わろうとしないから気づかないだけです。あなたたちの中では常識だとしても、俺ら外側の人間からしたら、ちょっと遠巻きにしてしまうような――言葉は悪いですが、異質な存在だと思ってしまいますよ。だから先輩たちはこれまでやってこれたんじゃないですか? 口を挟む存在がいなかったから」
「でもお前は僕たちの間に踏みこんできたじゃないか」
「俺なら先輩に近づけると思ったんです。完敗でしたが」
「そうだったのか……」
宏輝は氷が溶けて少し薄まったアイスコーヒーをストローでかき混ぜる。ほどよいバランスで二種類の液体が混ざったあとも、宏輝は無意味にグルグルとストローをかき回し続ける。
間宮の言葉には説得力があった。言われてみれば納得できるものである。
宏輝にとって将大と共に過ごす日々は当たり前すぎて、自分たち以外の他者の存在すら考えていなかった。それは周りの人間たちが、宏輝と将大との間に干渉しなかったからである。だから宏輝は将大以外の人間のことを無意識のうちに視界から追い出し、存在しないものとして認識していた。将大も同じ考えだったのかはわからない。だが、思い返せば将大は宏輝以上に他者の存在を排除していたのかもしれない。
「間宮、僕は……僕らはどうすればいい?」
ストローをかき混ぜる手を止め、宏輝は間宮を見すえる。
「僕がマサくんから離れないとだめだってことくらいはわかる。お前に言われて気づいた。僕らの関係はおかしい」
「おかしいとまでは言ってませんよ」
「マサくんから離れたいのに、離れられない……」
「先輩……」
「僕はだめだ。いつもマサくんを傷つけちゃう。離れよう、別れよう、なんて言ったらマサくんはだめになっちゃう」
宏輝の目に浮かぶものは将大の悲し気な顔。将大はいつも宏輝を最優先にして、自分が傷つくのをいとわない性格だ。だが宏輝は、いつしか献身的な将大を見るのがつらくなっていた。それこそ十年前の、あの日のように。
「僕はマサくんに笑っていてほしいんだ。僕なんかのために傷つく必要はない。マサくんにはきっと僕なんかよりいい人が現れる。そうなる前に僕は――」
「ねえ、先輩」
自己嫌悪の海に沈みそうな意志を、間宮の声が救い上げる。だが間宮は厳しい顔つきをしていた。
「僕なんかって自分を卑下するのはやめてください。そんなこと言ったら、先輩に惚れて馬鹿みたいに舞い上がって犯罪まがいのことまでした俺は何です? 先輩は自分のこと悪く言うけど、そんな先輩を好きになった俺の気持ちも、少しは考えてくれてもいいんじゃないですか?」
「ごめん……そんなつもりじゃ……」
「――出ましょうか」
「間宮……」
「そんな泣きそうな顔しないでください。俺は今でも先輩のこと好きですから」
そういうと間宮は伝票を手に、先に会計に行ってしまう。間宮に指摘されるまで気づかなかったが、目のふちに手をやると、温かい水が伝う。誰のために流した涙なのか、宏輝にはわからなくなっていた。
宏輝がレジへ向かうと、間宮は会計を済ませていたようで、宏輝は後輩に奢られるという何とも心もとない体験をした。店外に目をやると間宮の後姿が見える。
「悪い間宮。お金、あとで返すから――」
間宮に追いつこうと店を出た宏輝は、そこで想定外の人物の姿を見ることになる。
「――……マサくん?」
手に持っていた財布を落としそうになる。それほどの衝撃だった。
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