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第七章 蜜月4
ベンチに腰を下ろしてぼうーっと空を見ていた宏輝に将大が声をかけたのは、宏輝が公園に着いてから三十分も経ってないだろう。それだけ早い時間でここに辿り着くとは思ってもみなかった。宏輝は将大の怒声を聞きながら、それでもやはり後ろめたさから顔を上げられない。宏輝の耳に、将大の舌を打つ嫌な音が聞こえた。
「俺はこんなに心配しているのに、その態度はないだろう」
「……ごめん」
「何で出て行った?」
「別に。ただ大学へ行く前に、いったん家に戻りたかっただけ」
「じゃあ何でお前は怒ってる?」
「怒ってるのはマサくんの方だろ」
「俺は怒ってない」
「じゃあその態度は何? 舌打ちなんかして格好悪い。マサくん、子供みたいだよ」
「宏輝」
「もういいだろ。僕のことは放っておいて、マサくんも大学行く支度したら?」
「そういうお前はどうして何も持ってない? アパートに戻ったんじゃないのか?」
痛いところを突かれる。怒っていても、将大は冷静だった。
「マサくんの家に鍵忘れた。だから帰れない」
「……そうだな」
将大の口元がかすかに緩んだことを、下を向いていた宏輝は気づけなかった。
「アパートに入れないなら、どうして俺のところに戻らない? こんなところにひとりでいて、また何かあったら――」
「それは言わない約束じゃないの?」
宏輝はそこで初めて顔を上げる。
「それ以上、口に出さないで」
「……悪い。軽率だった」
将大も失言に気づいたのか、彼の怒りは少しだけ沈下する。
「隣、座ってもいいか?」
「嫌だ」
「どうして?」
「それはマサくんが一番わかってるんじゃないの?」
「お前の気に障るようなこと、したか?」
「したよ」
「直すから、教えてくれないか?」
「ここでは言いたくない」
「じゃあうちに戻るか?」
そう問われても、すぐには決められない。何より、嫌でも目に入るであろう場所に残るキスマークの存在に、将大が気づいていないはずがない。嫌味なのか当てつけなのかもわからない。答えあぐねる宏輝に、将大は声のトーンを落として、囁く。
「宏輝――」
「何?」
「――お前のアパートの鍵は俺が預かっている」
「……どういうこと?」
そう返すのがやっとだ。
「だから、お前は俺のアパートまで戻らなければならない」
「マサくんが僕の鍵を? 拾ったの?」
「違う。宏輝がシャワーを浴びているときに、俺が抜き取った」
「わざとじゃん」
「仕方がないんだ」
何が、なぜ、仕方がないのか――将大は説明してくれない。宏輝にはそれが我慢ならない。
「マサくんがやったことは泥棒と一緒だよ」
「わかってる」
「僕が訴えたら窃盗罪になるかもしれないんだよ」
「お前は訴えないだろう?」
「そういう問題じゃない!」
「とにかく――」
将大は宏輝に視線を合わせ、低く唸る。
「――ここじゃ何も話さない。宏輝、一緒に俺のアパートに戻ろう」
「それは脅迫?」
「違う。幼馴染としての提案だ」
「意味がわからない」
宏輝は両手で顔を覆う。何かがおかしい将大を視界に入れたくなかった。
「……酷いよ」
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