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第七章 蜜月5
なかば強引な形で将大のアパートへ連れ戻された宏輝は、背後の玄関扉が重く閉まる音を聞き、もう修復できない段階まで来てしまったのだと、漠然と感じた。
将大は無言のまま宏輝の腕を掴み、寝室まで引きずっていく。ぞわり、と神経が震え、宏輝は底知れぬ恐怖に見舞われる。この腕を掴んでいるのは本当に将大なのか。将大の顔をした別の人間じゃないのか。将大が怖い。逃げ出したい。でも――。
「マサくん……」
宏輝には将大に訊きたいことがある。そのために彼と真正面から向き合わなければならない。宏輝はその場に留まり、前を行く将大を振り向かせた。
「マサくんに訊きたいことがある」
「お前の部屋の鍵を盗ったことか?」
「それもだけど……でも、もっと大事なこと」
宏輝は自分の腕を掴む将大の右手首に視線をやる。
「それ、なに?」
宏輝の指摘に将大はハッと息を飲むが、やがて諦めたようにふぅと肩を落とす。
「お前はこれを見たから怒って出て行ったのか?」
「違う、そんな嫉妬深いことは思ってない」
「自分でそう思ったってことは、そうなんだろ」
「意地悪なこと言わないで!」
「違うよ、ヒロ」
将大は幼少期からの呼び名に直す。
「これはお前を思って自分で吸ったんだ」
その言葉を聞いた瞬間、宏輝の頬は一気に赤くなった。
「え……っ」
「寂しかったから……」
将大は宏輝の手首を取り、自らと同じ位置にキスをする。ちゅっ、ちゅっと軽いリップ音だったそれは次第に大胆になっていき、吸いつく勢いも増していく。
「っ、ちょっと、やだ、マサくんやめて……」
「ヒロ……もうどこにも行くな……」
将大の舌が蛇のように絡みつき、宏輝の身体を拘束する。
「どこにも行かせない……ヒロ、お前はここから出ちゃだめだ……」
「な、何を言ってるの……?」
「ヒロにとって外の世界は危険なんだ……俺の部屋にいるのが一番安全だ」
「意味がわからないよ」
「黙って」
将大は宏輝を掴む腕をぐっと引き、宏輝の身体を抱きこむ。心臓がどくどくと鳴る。だがその鼓動は脳が発する『危険』の合図だ。
「離して!」
「嫌だ」
「僕が嫌がることはしないって言ったのに!」
「嫌がることはしない。傷つけることもしない。でも――」
将大の心音が、大きくどくりと響く。
「――たまには俺の好きにさせてくれないか?」
将大の独白が、ひどく重く、宏輝の心を縛っていく。
宏輝はその言葉の重みを、深く噛み締めた。
思い返せば、将大はいつも宏輝のことを優先にしていて、自己主張はほとんどなかった。
将大を寡黙な男だと思いこむことで、宏輝は自分のわがままな性格を見ないようにしていたのかもしれない。
――どうしよう……。
ぐるぐると回り続ける宏輝の思考に、将大は黒く溶けこんでいく。
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