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第七章 蜜月6
「ヒロ……どうして外に出たいって思うんだ?」
「どうしてって……」
「どうして俺から逃げようとするんだ?」
「逃げようだなんて思ってない」
「じゃあ俺のことどう思う? 怖い?」
「そうじゃなくて――」
「ヒロが俺から逃げようとするなら、俺にだって考えがある」
将大の声色がガラリと変わる。
「ヒロがいない世界は生きていても意味がない」
「……え」
「なあ、ヒロ」
将大は宏輝の耳奥から腰椎にかけて甘い毒を注ぎこむ。
「ヒロが俺から逃げるなら、俺は死ぬから――」
冗談だと笑い飛ばせればよかった。
だけど、その声は真剣で――。
「うそ……だよね……?」
将大の目もいっさい笑っていなかった。
「俺は嘘をつかない」
将大は宏輝から身体を離し、ひとりキッチンへと向かう。あまりの衝撃に、宏輝はすぐに動くことができなかった。だが将大がシンク下の引き戸に手をかけたとき、彼が何をしようとしているのかを理解した。
「マサくんやめてっ!」
将大はシンク下から包丁を取り出し、鈍く光を放つ刃先を腹へと宛がう。
「やめてって言ってるじゃん!」
「……ヒロ」
将大は包丁を持つ手はそのままに、うろんな視線を宏輝に流す。
「俺から逃げない……?」
「もうやめて……それ、危ないから、離して……」
「俺から逃げない?」
「マサくんやめて……こんなのマサくんじゃない……」
「じゃあ、ヒロにとっての俺って何なんだ?」
「マサくんはマサくんだよ……僕の大事な幼馴染で、親友で……大切な……マサくんの代わりになる人はいないよ……? 僕にはマサくんが、ただひとりの大切な人なんだ……」
「俺もそうだ」
宏輝を見ていた将大の視線が外れ、再び手元の包丁に注がれる。宏輝は全身を緊張させて、将大の動向を見守る。少しでも動いたら、将大に不利益なことが起きようものなら、将大は戸惑いもなく、自らの腹に刃物を突き立てるだろう。
宏輝は自分を保つので精一杯だった。
こんな状況、あってはならなかった。
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