64 / 82

第七章 蜜月7

「わかるか、ヒロ?」  将大が持つ包丁は、ガタガタと小刻みに震え続ける。 「俺にとってヒロはすべてなんだ……ヒロがいない世界なんて考えられない、考えたくない……ヒロは、ヒロは、俺のすべてで、俺の大事な人で、大切にしたい人で……」 「マサくん……っ」 「俺はヒロのことがずっと好きで……」 「僕だってマサくんのこと好きだよ?」 「違う……違うんだ、ヒロ……俺は、お前を……お前を……」  そこまで言って、将大は深く息を吸いこむ。 「俺はお前を愛している……」 「……うそ……」 「俺はお前のことがずっと昔から好きで……もっとお前と話したくて、もっとお前に触りたくて……宏輝、お前に俺のすべてを知ってほしくて……そして俺は、お前のすべてを知りたい……」 「マサくん、いやだよ……」 「十年前、あの公園で何があったのか――俺はお前に聞けない。ずっと聞きたかったのに、お前に拒絶されるのが怖くて……ヒロ……お前のことを知りたいのに、お前の嫌な過去には触れられない……今の俺は、ただの気持ちの悪い男なんだ……」  そんなことはない――と、簡単に言えればどれほど楽だろう。 「ヒロ、俺はお前がいないとだめなんだ……」  将大の足元にぽたり、と雫が落ちる。  将大は震えながら、泣いていた。 「マサくんは――」  宏輝は将大に自分なりの言葉をかける。 「――マサくんは僕の大事な人だよ……? どうしてそんなに悲しいこと言うの?」 「悲しいこと?」 「マサくんが死ぬなんて僕は嫌だ」 「死のうとは思ってないよ」 「じゃあ早くそんなもの捨ててよっ!」  宏輝は叫んだ。 「僕を残して死ぬなんて許さないから!」 「……じゃあ、俺から逃げない?」 「逃げないって最初から言ってるのに……マサくん僕の話聞こうとしないから……っ」 「……ごめん」 「マサくんは僕が好きなんでしょう? 僕もマサくんが好きだよ? なのに、どうしてこうも噛み合わないの? どうしてすれ違っちゃうの?」 「……悪かった」 「謝るくらいなら、早くそれを手放して」  宏輝の説得に、将大はようやく折れる。金属の刃がフローリングに当たる高い音がカツーンと鳴った。 「ヒロ、悪かった……でも……」 「何も言わないで」  宏輝は将大に駆け寄り、自分からその不安定な身体に抱きつく。 「僕は逃げないから……」 「……本当?」  将大の声はどこか幼かった。

ともだちにシェアしよう!