69 / 82

第八章 最奥の汚点4

「そういえばマサくん。大学へ行かなくていいの?」 「別に構わない」 「ずる休み?」 「いや。必要な休みだ」 「ふーん」  ひどい悪夢にうなされてから二、三日が経ったような気がする。  その日の朝、宏輝は将大とふたりで朝食を摂っていた。白いご飯に、ワカメの味噌汁。味付け海苔、目玉焼き、漬物。すべて将大が用意したものだ。こうして見ると包丁を使うほどの料理が出たことがないとわかる。包丁は。  ――ヒロ、俺はお前がいないとだめなんだ……  あの日のことを思い出してしまう。  宏輝は目の前の幻影を忘れようと、目蓋を閉じ、首を左右にブンブンと振った。 「どうしたんだ?」  将大がその行為を見咎める。 「何でもないから」  宏輝は笑いながら味噌汁を啜る。少し塩辛い。そういえば、いつの間にか、食器がふたり分に増えていた。  当たり前のように将大の日常に染まっていく。  宏輝はもとより、将大だってここ何日か大学へ通っていない。このままではどちらも駄目になってしまう――わかっていても、今の生活を改善できなかった。 「ねえ、マサくん……僕はいつまでここにいればいいの?」  シャツの袖に腕を通しながら、宏輝は背後の将大に問う。将大は何も言わずに、宏輝が脱ぎ捨てたTシャツを拾い上げた。 「マサくんは僕をどうしたいの?」 「……俺の近くにいてほしい」 「マサくんの近くにいて、それでどうしたらいいの?」 「わからない」 「わからない?」 「でも、ヒロが離れていくのは耐えられない……」  将大は宏輝のTシャツをぐしゃりと抱えこむ。皺が寄ったシャツにひどく心が軋む。将大の心痛みが、シャツを伝わって宏輝に流れこんできた。 「……マサくんは、今日大学へ行くの?」 「悪い……」 「僕を置いていくの?」 「……」 「じゃあ家に帰ってもいい?」 「……それは無理だ」 「どうして?」  宏輝の問いかけに、将大は視線を背ける。 「ねえ、どうして?」 「……それを言ったら、ヒロは俺を許さない」 「そんなの言われないとわからないじゃないか」 「……」  将大は考えこむようにして視線をずらし、やがて重い口を開いた。

ともだちにシェアしよう!