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第八章 最奥の汚点8

「どうして……何が、あったんですか?」  間宮の問いに答える声はどこにもない。  宏輝は焦点の合わない目で真正面をただ見ている。  将大はそんな宏輝を自分の胸に抱きこみ、大丈夫だ大丈夫だと、彼の耳元へ囁き続ける。  何が大丈夫だ。ちっとも大丈夫じゃない。将大は何を言っているのだろう。 「……あんたは、先輩に何をしたんですか……?」 「大丈夫だヒロ。大丈夫。大丈夫だから」 「俺の話を聞けよ!」  間宮は怒鳴った。だが、それでも将大は宏輝しか見えていないようで、間宮の絶叫は空しくも散っていく。宏輝もまた放心したままで、彼の目には将大の存在すら写ってはいないだろう。 「ウッチー先輩っ! 俺のこと見えてます? 俺の声聞こえています? どうなんです先輩!」 「……」 「……間宮、お前は邪魔だ。帰れ」  宏輝を抱き締めたまま、ようやく将大は間宮を見る。  将大の瞳は鋭い光を宿していたが、それでいてその光はひどく淀み、濁り、粘ついていた。 「ヒロは俺のヒロだ。ヒロには俺が必要なんだ。俺もヒロが必要なんだ。俺には……俺たちには互いが必要なんだ。俺には、俺にはヒロが……ヒロが必要で、ヒロがいないと俺は――」 「俺が聞きたいのはそういうことじゃない」 「俺たちには俺たちだけがいればいい。間宮、お前さえいなければ、俺たちは……」 「あんたのやっていることは俺と同じだ!」 「……お前と同じだと?」 「あんたは先輩の意志を無視して、自分のやりたいように先輩を束縛しているだけだ。先輩に信頼されている分、俺は、あんたが許せない……っ」 「お前に何がわかる。俺たちの何がわかるっていうんだ」 「わからないです。でも、あんたが先輩を幸せにできているとは到底思えない」 「――別に幸せになりたいとは思っていない」  間宮の批判に、将大は宏輝を抱きこむ腕をそっと緩める。将大の拘束から解放された宏輝はしかし、何の感動も見えてはいない。 「俺はヒロの隣にいられるのなら、それでいい……」  将大の言葉を受け、間宮は急に全身の力が抜け落ちた。 「――……わかんねえ」  壁を背に座りこんだ間宮は両手で頭を抱える。 「あんたが何を思っているのか……俺にはさっぱりわかんねえ……」 「わからなくていい」  将大は深く息を吐き、そして言った。 「もしそれを知られたら、俺は今度こそ宏輝の隣にいれなくなる」 「でも、やっぱりそれは長谷川先輩。あんたの意志だろ? そこに内田先輩の意志はない。あんたがこの数日、先輩に何をしたかなんて知りたくもない。けど俺が過去にやったことと、そう大差はないはずだ」  将大の顔色が曇る。間宮の指摘は的を射ていた。だが、将大はそれ以上の狼狽を見せず、逆に間宮を牽制しようと再び鋭い視線を投げる。緊迫した空気が狭いキッチンをまとった、そのときだった。 「――それは違うよ、間宮」

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