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第八章 最奥の汚点9

 宏輝だ。 「お前が僕にしたことは、今でも許せない。でもマサくんは許せる。そういうことだよ」 「先輩……なんですか?」  間宮がそう口に出したのも無理はない。宏輝は驚くほどやつれていたのだ。もともと華奢で、けして健康体とは言えない宏輝の肢体は、着衣の上からでもやせ細ったのだとわかる。両目は落ちくぼみ、肌も髪も荒れ、白く艶やかだった面影はどこにもない。 「何しに来たの?」  舌鋒は鋭いが、その言葉には覇気がなく、とうとうと流れるラジオのようにも感じる。壊れたカラクリ人形から発せられる声はあまりにも弱々しく、切なく、狂おしいまでに間宮の心を突いた。 「ねえ、間宮。お前はここに何しに来たの?」 「俺は……先輩のことが心配で……」 「マサくんを尾行でもした?」 「しました」 「もしかして、僕の部屋にも入ったりしたの?」 「だって……長谷川先輩の隣に、あなたがいなかったから……」 「それだけで僕の部屋に侵入したの?」 「……ごめんなさい」 「謝って済む話ではないけどね……でも、そのことについては許すよ。電話もありがとう。正直、ちょっと嬉しかった」 「やめてください……」  それ以上言うな、と間宮は強く思う。だが、宏輝を止める術を間宮は持ち合わせていなかった。 「でも、それだけ。マサくんの言う通りだよ。僕はマサくんの隣にいれればそれでいい。僕たちには互いが必要で、互いがいないとだめなんだ」 「俺じゃだめなんですか……俺じゃ長谷川先輩の代わりになれませんか?」 「無理だよ」  宏輝はすっと立ちあがり、間宮を見下ろして――そして嗤う。 「だってお前は僕のことを何ひとつ知らないだろう?」 「それは……」 「まあ、それはマサくんも同じだけどね」  ねえマサくん、と宏輝は肩越しに将大を振り返る。将大は顔を伏せ、何も言おうとはしなかった。 「どういうことです?」 「マサくんは何も聞いてこないから……僕に嫌われたくないから。僕もマサくんに嫌われたくないから、何も話さなかったんだけどね」 「どうして、そう自分を傷つけることを言うんですか?」 「聞きたい? 僕がどうしてこんなにも卑屈な人間になったのか聞きたい?」 「先輩、一回落ち着きましょう? 今のあなたは変だ」 「僕は充分に落ち着いているよ」  宏輝は足元を見て、視界の端に映ったそれに手を伸ばす。間宮と、そして将大は同時に息を飲む。

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