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第八章 最奥の汚点10
「ヒロ……?」
「先輩、それ、危ないです。手を離してください……っ」
「危なくないよ」
宏輝は手にした包丁を間宮、そして将大へと向ける。
「これは食材を切るものだ。どうしてそんなに不安そうな顔をするの?」
「宏輝、やめてくれ……」
「ねえ、マサくん。このまま僕がマサくんを刺したら、マサくんはどうする? 僕を置いて死んじゃう?」
「先輩、やめてくださ――」
「間宮は黙って」
間宮が口を出したそのとき、宏輝は目をカッと見開き、間宮の行動を制止する。手負いの獣のようだ。こんなにも鋭い視線を発する男だったのだろうか。間宮は初めて宏輝を怖いと思った。
「……マサくん」
「どうした?」
「マサくんはどうして僕のそばにいてくれるの?」
「俺がヒロの隣にいたいからだ」
「それは贖罪?」
「……違う」
「違わないよね? マサくんは後悔してるんだ。だから僕のそばに居続けてくれるんでしょう? どれだけ僕が距離を置こうとしても、しつこく纏わりついてくるのは、僕に対して後ろめたいことがあるんでしょう?」
宏輝は将大へ一歩近づく。包丁を構える腕はそのままに。
「マサくんが僕に固執する理由はそこにあるんだ。僕が許さないと思っているから。聞きもしないで勝手にそう思いこんでいるから。僕だってマサくんに本当は話したかった。苦しかった。誰かに助けてもらいたかった。でも僕は自分自身が嫌で嫌でたまらなくって。こんな……こんな僕は誰かに愛される資格なんてない……」
「ヒロ、それは違う……俺は宏輝を愛してる……」
「マサくんだって薄々気づいているんじゃないの?」
「宏輝……」
「マサくんは僕に触って気持ちよかった? 僕の身体を触って興奮した? したよね? そうじゃなきゃ僕なんかと一緒にいないよね?」
「宏輝、もういい、それ以上は――」
「ああ、やっぱり誰かから――僕の母さんから聞いた? いや、それは無いか。だって僕は誰にも話したことないんだもん」
「やめてくれ」
「知りたかったんだろっ? 僕が、あの日、何をされたのか知りたかったんじゃないのか将大!」
「やめろ宏輝っ!」
「僕はっ!」
宏輝は天に向かって叫んだ。
「僕はあの日、犯された。あの日の公園で、大人の、知らない男に無理やり犯されたんだ――っ!」
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