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最終章 共依存1

 ――知らない人ついて行っちゃだめと言ったのに。  その男の声は優しかった。  まるで父親を連想させるかのように、温かく、包容力に満ちていた。  将大と口喧嘩をして先に帰った、あの日の夕方。宏輝は幼い頃よく遊んだ公園に来ていた。真っ直ぐ家に帰る気にはなれなかったのだ。どうせ帰っても誰も待ってはいない。  宏輝はブランコに乗り、ゆらゆらと所在なさげに揺れる。  こうして振り子のように揺れていると、将大との思い出がゆらりゆらりと蘇る。思えば彼と出会ったのも、この公園の砂場だった。  宏輝はブランコから降り、今度は砂場へと足を向ける。夕日を背に立つ宏輝は周囲を見渡したが、小学校終わりのこの時間にしては、誰の姿も見受けられなかった。  ――でも、あの日もこうだった。  宏輝は砂場にしゃがみ、おもむろに砂の感触を確かめる。前日まで雨が降っていた影響だろう、それらは少し湿っていた。これならば水を汲みに行かずとも、立派な遊び道具になる。  宏輝はランドセルを投げ出し、本格的に砂遊びを始める。足元の砂を掻き寄せ、少しずつ山を形成していく。ある程度固まったら、手のひらでポンポンと叩き、強度を増していく。  ひとりで遊んでいる、という自覚はない。寂しいことなんて何ひとつない。  将大と口喧嘩したからって何だ。将大はいつも許してくれる。きっと今回も許してくれる。きっと将大の方からごめんねと言ってくれる。  きっと、きっと、きっと――。  ぽたり。  砂山を作る手の甲に、降るはずもない雨粒がこぼれた。  ――僕、ひとりで遊んでいるの?  こみ上げる涙を拭って振り返ると、そこにはスーツを着た大人の男が屈みこんでいた。  誰だろう? そう思って顔を見ようとしたが、夕日が逆光になっていて、顔の造形が見えない。わかるのは眼鏡をかけていることと、たまにしか家に帰らない父親と同じくらいの年齢だということだ。  ――おじさんも一緒に遊んでいいかい?  そういうと男は柔らかい笑みを浮かべ、背後から宏輝の両手を取り、一緒に砂山を大きくしていく。宏輝は父親以外の大人の男に触れられた経験がなく、また、父親と一緒にこうして遊んだ経験もほとんどない。不思議な体験だったが、悪い気はしなかった。  将大がいない寂しさを、この男で埋めようとしたのかもしれない。  男の手は宏輝の小さな手をぎゅっと握り、下から上へと砂を掻き集めていく。男の筋張った大きな手は熱く、また聞こえもしない脈動がはっきりと伝わってくる。  宏輝の指の間に、男の指が絡む。  おかしい、と思ったのはこの辺りからだ。

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