2 / 6

降誕祭前日前夜  続

少し離れて馬を止めイブトーレスの方を伺っていた従者に片手に剣を持ち、 その剣を軽く捧げることで合図をしながら、 脚を森の中に踏み入れる。 柔らかい苔の上の硬い落ちた枯れ木を音を立てないように踏みしめ、その先を伺う。 さらに森の奥へ向かうと、 腰高まであるその刺のある茂みの中からは血の匂いが漂う。 獣の唸り声と血の匂い…… 自分以外にはこの森で狩をする者はいないはず。 不信に思いながらも更に手に持った剣でその茂みに空間を作る。 その視線の先には、 赤黒く剛毛に覆われた獣が蹲っていた。 絶え間なく続く唸り声と荒い息。 そして、その血を流している獣の周りには不気味に黄色い目をギラつかせた猛禽が周りを取り囲んでいた。 あと一息で死ぬのを待っているそれらの嘴と爪はもうすでに流れ出た血糊を舐めたのか、 ギトギトと紅く染まり、 獲物に興奮しているのか、 そこに現れた人を見ても動じる気配はない。 ざッと見ても10羽はいるかと勘定ができた…… 流石に、これを一人で追い払うのは無理があるか…… 猛禽たちを睨みつけながら、後退りしたイブトーレスはすかさず懐から取り出した笛を吹いた。 その笛は森を走り、やがて従者の聞こえる所となろう さほどは離れてはいないはずの田舎育ち彼らは程なくやってくるだろうと踏んだイブトーレスは、 また獣に群がりその間わいを詰めつつある猛禽達に睨め付ける。 太古の生き物の様な鳥らしい、 表情のない目は、 首を傾けながら傷ついた獣と、 人との間を交互に眺める。 その目に怯えが走ったのは、 遠くか馬の蹄の音が近づいてきたせいであった。 何頭かの馬とその脇に粗く息を吐く犬どもが到着すると、 猛禽たちは、耳障りな羽音を立て慌てて高い木末に舞い上がり、 急に現れた邪魔者を不本意ながらも高みの見物と決め込んだ様だ。 腰のあたりから流れる血は赤く辺りの草を濡らし、 傷ついたその体躯を横たわらせた地面にはその身体に見合った大きな影ができていた。 「 まだ生きているのか、、、 」 口をついた言葉に、驚くことには返ってくる言葉があった。 「 いたい…… 」 「 は?言葉をしゃべる? おまえ、獣じゃないのか? 」 「 いたい…… 」 その音は確かに唸り声とは違う、 明確には聞こえないが確かに人としての言葉に聞こえた。 「 獣の皮を被っているのか? 」 「 いたい…… 」 それしか発しない目の前の奇妙な生き物は、 その一言を言うなり横たわった体躯を先ほどよりは大きく震わせる。 なぜか助けなければと焦燥感に襲われ、 イブトーレスは馬にとって返し家来を呼びに走った。 何故だか、とても、覚えのある声音…… いたい……、いたいか?、いたい 頭の中にこだまするそのフレーズ繰り返しながら従者を連れてまた元の茂みに戻った。 傷ついた獣は毛皮を纏った逞しい漢だった。 浅黒い鞣革のような肌と ガッチリとした厚みのある躯体に それを相応しい荒削りな顔貌、 そして太い眉の下のアーモンド型の眼は 深い闇のような漆黒の瞳を携えている。 見たことのない人種にイブトーレスは一瞬目を奪われた。 感じたことのない勢威な眼差しと 嗅いだことのない熟れた果実のような体臭、そして僅かにその汗からは異国の香料の香りが鼻腔を更に擽る。 その男を見た従者が その者は森の管理を任せている木こりの男で、 卑しい身分の男。 尊い身の男爵が手を触れる価値もないはないと呈した進言も、 傷ついた男の纏った不思議な姿に 興味を持ったイブトーレスには耳を貸すほどのことはなかった。 そして、 傷の手当てを口実にその男を狩り用の別邸に連れて帰ることにした。 狩り用の別邸とは言え石造りの堅牢な屋敷に帰ると、 改めて従者たちがその者は納屋で自分たちが傷の手当てをと言うのも聞かずに、 暖炉をくべさせていた居間にその男を連れて入った。 相変わらず無言のまま付いてくるその男の唯一纏っていた獣の毛皮を、 従者たちの手で剥いでも反抗することもなく、 男は真っ裸になり身体を熱い湯で絞った布で拭かれ、 下半身すら隠すことなく治療をさせている。 あらかた怪我の手当ても終わり一番深い傷に例の薬草を練ったものをに塗った布を充ててそれを皮紐で縛る。 治療の間一言も声を発しなかったその男に食事を出すと、 床に座りテーブルに置かれた肉を手掴みで食べる。 大きな口で次々と肉を咀嚼するその漢を チョコレートリキュールを味わいながら観察するうちに、 ふと、 この獣のような逞しい漢を調教しては? という欲望に駆られた美しき男爵は地下の石楼の犬小屋にその漢を監禁させた。 嫌々訪れた田舎の領地で、 思わぬ享楽が手に入ったと悦に入り、 チョコレートリキュールをしこたま飲んでその夜を過ごすイブトーレスには、 やがて日常ではない一日を終える眠が訪れた。 そして、 何か違和感のある薬草の匂いで、 目が覚めると、 二階の 自室で ほとんど全裸の 青年男爵の 仰向けにされ、 しどけない姿がそこにはあった。 両腕は裂かれた絹の夜着で、 思い切り上に開くように縛られ、 下腿は太ももに掛けられた皮の紐で、 大きく股を裂かれるように拡げられ、 その膨らみのくっきりとした股間の中心、 雄の象徴を隠すレース薄絹のみが、 イブトーレスが身に纏う僅かな布切れであった。

ともだちにシェアしよう!