3 / 6
男爵と獣 降誕祭前夜
男爵と獣 降誕祭前夜
「 くく…… 」
あらわにした真っ白な肌をまさぐる手を止めずに獣は口の端をあげた。
かろうじて白銀の豪奢なレースのパンティーだけを身につけたイブトーレスには、
自分の体を護る手段は何もない。
その下着すら、薄くて透けて、
まるでまさぐる手を待っていたかのようなその脆さに、
恥じらいと怒りで熱い吐息が吃音になる。
「 わ、わたし。を、、
ど、どぅする、んだ? 」
青年を組み敷いた身体はやはり甘い果実のような濃い匂いに覆われていて、
なぜか聞いた覚えがあるようなこの音は、
獣の言葉なのか?
低くときに唸るようなこの声は。
「 わすれは、しない、
おまえが、
おまえが
むかししたことを、
わすれは、しない 」
「 何の、な、んなの?
私が、なにをした? 」
「 いや、
おぼえてるはずだろ
おまえはおれのテッカ
をころした 」
「 え?な? テッカ? なに?」
「 おれは、おまえをくう。
それが、ふくしゅうだ 」
「 な、な、なにをいってる?
復讐って? 」
「 おぼえてないとはいわせない
おまえは…
まだいまよりちいさかった。
だが、おまえは
あのみずうみのそばのはなのみを
わがテッカにのませ、
テッカは
ほしになった 」
イブトーレスがまだ少年だった頃、
湖のそばの岸辺にだけ生える花、
その花の名はマンドラゴラ。
蒼く沈む湖の辺り、ぬかるんだ地面に脚を捉われないよう慎重に歩くイブトーレスの、
その目的は辺りに咲くマンドラゴラの花の実を収穫することにあった。
その実は赤く、その根は幾枝にも分かれ時によっては不気味な人型にも似る。
幻覚、幻聴を伴い時には死に至る神経毒を持つ花。
引き抜けばそれはこの世のものとは思えない悲鳴をあげ、そして聞いたものを発狂させるという言い伝えのあるマンドラゴラ。
その花は何年かおきに咲くのだが、
幸運なことになぜか子どもの時偶然にその花の開花を見たイブトーレスは、その恐ろしい言い伝えを聞くことはなしにその花を抜いた。
しかし、イブトーレスは抜いた時に聞いた地の底から引き剥がされる壮絶な苦痛の悲鳴を聞いても、発狂することはなかった。
それは、知らなかったことが幸いだったのか、
それとも未だ自慰も精通も知らない穢れたことのない体だったからなのか。
今回も十年ぶりに咲くというその言い伝えを信じてイブトーレスはその花を穫りにきた。
狩りはついで、
それは、大切な目的のために。
もはや成年し、
快楽を応需してきた身体に必要なその媚薬を得るために、
わざわざ遠い道のりを駆けてやってきたのだった。
媚薬……
都では引っ張りだこのこの薬は、
快楽を享受する上流社会では常に争うように人がその薬効を自慢し合う。
男たちは袖の中に隠し持ち、
女たちは手に持った扇の柄にその容器を仕込む。
さざめく色の掛け合いの中につねにその媚薬を漂わせ、
悦楽の夜を送ることがつねになっている。
王の御前で抜け駆けするのには、
その中でも選りすぐった媚薬を持つ事が肝要で、
新興貴族の家柄のランスワット家ではそれを常に調達するのが当たり前のこととされ、
その力でまた領土を更に広げ爵位を挙げてきたのだった。
媚薬の効能を確かめるのには自分の身体それもイブトーレスのような若い身体にを使うのが一番確かな事で、
さらにその肢体を淫交に差し出す。
その様な中で育てられたイブトーレスが青年になった頃には、
その身の情念に見合う強い媚薬を身体が欲していた。
普通の交合では満足していかない身体。
外見の美しさはもとよりその身体から醸し出す色気は数々の媚薬をあてがわれ、抵抗なく他人に身体を弄られ昂められた上の地位。
そして、慣れた媚薬に飽き足らず、求めたのが昔知った伝説の植物
マンドラゴラであった。
続く
ともだちにシェアしよう!