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アゲハチョウ 7

宮の居室に招き入れられ、椅子をすすめられる。 座り心地がいい椅子に腰を下ろした筈なのに、居心地はよくない。 俺を招き入れたはずの王弟殿下が、困ったような顔をしているからだ。 「まあ、呑め」 困ったような顔をしながらも、自ら酒を出し、杯に注いで差し出してくる。 「頂戴します」 受け取って、一気に呷った。 つん、と鼻を衝く酒の香りのあとに、焼けるような感覚が喉元を通り過ぎていく。 これは意外と、キツイ酒だ。 「すっかり育ったものだな。呑みっぷりも一人前だ」 懐かしむような顔で、殿下が俺を見る。 「殿下とくらべて、それほど年下ではないです」 「ああ、お前の歳くらいちゃんと覚えているよ。だが、出会ったころは頭一つお前の方が低くて、ヒョロヒョロで、手を合わせれば突っ込むしか能のないバカで、武器に振り回されているような子供だったのに……今じゃどうだ。先月の御前試合といい、見事なものだ」 「……ご存知、だったのですか? 御前試合に出ていたと……」 「お前のことは、気にかけていたよ。だからだろうな、辰砂がこんな無粋な真似に出たのは。……すまない」 あいた杯に酒を注ぎ、瓶と一緒に卓の上に置かれた。 ただ話をするだけだ、とでも言うように、暖炉近くの別の椅子に腰を掛け、殿下は髪の滴を布で拭った。 耳には相変わらず、ターコイズが飾られている。 「……詫びられるようなことは、何もありません」 さほど冷える時期でもないが、暖炉には小さく火が入れられていた。 揺らめく光が、殿下の顔に映る。 あの頃とあまり変わらない横顔を、久しぶりに近くで見た。 「嘘を言うな。わたしの顔を見て、もの凄い顔をしていたぞ」 「もの凄いって!」 からかうような色が声に混じる。 この時間を楽しむことに決められたのだろうか。 だったらいい。 遠くから見ていた殿下の顔には、連れ出されていたころにはほとんど見ることのなかった、どこか張りつめているようなところがあったから。 今ここにいる殿下の表情は、あの頃のままだ。 肩の力が抜ける何かを、差し上げられているなら、それに越したことはない。 「『何でこの人がここに? いったい何が起こっているんだ?』そう言っている顔だった。お前は相変わらず、素直だね」 「あれは!」 思わず出た大声に、殿下は、ん? と首を傾げる。 さらり、と、髪が流れてターコイズが揺れた。 それを見て、夏の終わりのアゲハチョウを、思い出す。 ひらりひらりと、殿下の指がはじく水を避けて、舞い上がっていった黒い蝶。 「……あれは。……本当に、あなただとは……思わなくて」 ぴたり。 殿下がその動きを止めた。

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