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アゲハチョウ 10
手を伸ばして手繰り寄せたのは、枕。
顔を押し付けて、声を殺す。
「…ふっんん……ぁ…っ」
「声を、聞かせてはくれないのか?」
「…や… …むり………あ…っく…」
その指と唇と舌で与えられる快楽は、今まで知らなかった物。
人と体を重ねるのが、初めてな訳ではない。
女のいない環境でやむを得ず……という場面にも出くわしたし、巻き込まれたこともある。
けれど。
思いとともにある体の熱は、こんなにも心地よい。
うつぶせになり四肢で身体を支える。
隘路を開く指が、水音をたてた。
「はっ…ああ………で、んか…」
「名を呼べ、松風。わたしは、誰だ?」
「殿下……」
「松風。わたしを求めるなら、わたしの名を、呼べ」
「……」
跳ね上がる息で思いは言葉にはならず、俺はただ、首を横に振る。
無理だ。
そんなことはできない。
本当に離れられなくなる。
今までの気持ちがあふれてしまう。
「松風」
宥めるように、耳に落とされる俺の名。
その、何と心地よいことか。
「名を、呼んでくれ」
「…き…しろ、さま……つきしろさま……槻代さま……」
「いいこだ。褒美をやろう」
指を抜き去り身体をつなげようとするのを、四肢の力を抜くことで拒んだ。
ぺたりと寝台に身体をつけると、次に力を入れられないほどに、裡に熱がこもっているのがわかった。
とぎれとぎれに、望みを口にする。
「や…です…槻代さまの顔が、見えない……」
「この方が楽だぞ?」
「それでも、いやです」
「お前は…腹立たしいほどにバカで素直で可愛らしいな」
思うように動かぬ体を、殿下はころりとあお向けにしてくれた。
重い腕を持ち上げ、殿下の首に回す。
「松風?」
「子供のころから……お慕いしておりました……一夜のことでも…」
「わたしの我儘でも?」
「あなたの望みなら」
猛る熱が、埋め込まれていく。
ゆっくりと。
思い知らせるように。
「……っく……つき…しろさ、ま……」
「……ああ。ここにいる」
「槻代さま……」
叢が当たるほどに完全に入り込み、止まった。
熱い塊が、身の中で息づく。
次に来る衝撃を身構えていた俺は殿下の顔を見た。
「槻代さま?」
「受け入れられている…」
「え?」
「受け入れて包み込んで、甘やかされている。これを、求めておられたのだな……」
「殿下…」
「お前のように、もっと、受け止めてさし上げればよかった。あの方を…」
「…殿下、まだ、大丈夫。間に合います」
そっと、顔を撫でて大丈夫、と繰り返すと熱い塊が律動を始めた。
「あ…ぅあ……あ…ああっ」
「苦しいか?」
「いいえ。…っいいえ……ふっ…あぅ……大事…ありま、せん」
ほろりと、殿下の目から涙がこぼれた。
「バカだな、お前は…わたしを甘やかすな」
揺さぶられながら、さまよわせた視線。
部屋の隅の暗がりに、あの日見たアゲハチョウがいるような気がした。
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