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よもつひらさか 5
ゆるゆると、かさねは歩を進める。
あの人は鼻歌でも歌いだすのではないかというくらい、上機嫌で楽しそうに俺の身体を撫ではじめた。
手綱を持っているときは、もう少し集中するものなのではないかと、思うのだけれど。
それは俺が乗馬が得手ではないからか。
かさねは賢いし、この人にとっては、これくらいは朝飯前ということなんだろうか。
「楽しいですか?」
「ん?」
「さっきから……」
「お前に触るのは、楽しいよ」
「そう、ですか」
「馬上なのが惜しいくらいだ」
ちゅ、と軽い音をたてて耳を食まれた。
俺が身体を動かすのと同時に、抱え込む腕に力が籠められる。
「……っ!」
「バカだな。いくらかさねが賢くとも、お前が暴れては落馬してしまう」
「バ…って、だって、あの」
「お前は変わらぬな。本当に、バカで愛おしい」
「褒めてますか、それ」
「最上級に褒めているよ。お前は本当にかわいらしくて、目が離せなくて、バカで……わたしの、唯一の心残りだ」
ぎゅうっと、抱きしめられる。
首元にちくりと痛みが走った。
さらり、と髪が流れてくる。
ただ一度。
あの夜の記憶がよみがえる。
心残り、そう言われた。
俺が。
唯一の心残りだと。
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