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よもつひらさか 6

それまで大人しく歩みを進めていたかさねが、ふるるるる、と声を上げて首を振る。 「かさね?」 「時間か」 草原の先に険しい谷が……両側が切り立つ崖の、間を上る細く険しい道が、見えた。 こんな地形は、俺の記憶にはない。 背後の人がすうっと緊張を走らせる。 かさねが応えるように足を速めていく。 「殿下?」 「これ以上わたしが楽しんでいては、辰砂に怒られてしまうな」 「殿下、ここはいったい……?」 「これから身体がきつくなる。何があってもわたしの命に従え。いいな」 「……槻代さま?」 「悪いようにはせぬ。信じて従え」 「御意」 「いいこだ」 俺が返事を返し終わらぬうちに、かさねの脇腹に蹴りが入れられた。 俺が一人で騎乗しているときにすら、ほとんど出したことのない勢いで、かさねは峡谷を駆け上がる。 俺はたてがみにつかまり、かさねと息を合わせていたはずなのに、身体がどんどんと重くなって前のめりになる。 こめかみを流れている液体は汗だと思っていたのに、手元に落ちた滴は紅色だった。 目がかすんで胸の奥が痛む。 息を吸い込むのにもつまる、この感じには覚えがある。 ろっ骨が折れているのだろう。 一気に坂を駆け上がったかさねが、頂上で足を止めた。 殿下が振り返り来た道を確認する。 「かさね、悪いがもう少し頑張っておくれ」 「で…んか?」 「そのまま。必ず、辰砂のところへ戻してやる。いいな、松風?」 どこがどう痛むのかすら分からなくなってきた状態で、その言葉にうなずいた。 うなずかずにはいられない気魄だったのだ。 「あなたのところに、このままおいてください」と、望んでいたのにそう言ってはいけない気がした。

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