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よもつひらさか 7
かさねが馬首を返し、ぐいぐいと先へ進む。
うねうねと峡谷を進み、今度はけもの道を下る。
振動で息がつまった。
あの人の腕が、いっそう身体に回される。
手綱を捌くのでさえ、大変な足場の悪さだというのに。
「殿下……」
「従えと命じた」
「……御意」
もういいですと、口から出かかった弱音も、一刀両断で封じられる。
俺は、この人の穏やかなところしか知らない。
この人は俺に、そういうところしか見せなかったのだと、思い知らされる。
命じることに慣れた声。
下り坂が終わったのだろう。
かさねの歩みが変わる。
土の地面ではなく、足場の悪そうなところを歩く音がする。
道行が長引くにつれ、何故か俺の身体にキズが増えていった。
殿下が支えてくれていなければ、とっくに落馬している。
自力で動くのが難しい俺の身体を、殿下が抱えてかさねから降ろす。
「松風」
「はい」
「かさねはわたしが預かる」
「……でん、か?」
じゃりじゃりと、殿下の足の下で音がする。
石を踏みしめて歩く音。
胸が痛くて息が吸えない。
左腕がうまく動かない。
さっきから目に血が流れ込んでいて、視界が悪い。
ぎし。
どこか平らなところに俺の身体を下ろして、殿下は俺の髪を撫でた。
「バカだね、お前は……」
その気配がいつかの朝を思い出させて、俺は手をのばして、殿下にすがる。
胸が詰まって咳が出たけれど、それでも動く右手を動かした。
「もう少し自分を大事にすることを、覚えなくては、周りが安心できぬ」
「あ、なたに、言われたく、ありません……」
「それも、そうだな」
必死に身体を起こすと、殿下が抱きしめてくれる。
苦笑いの声。
視界がぼやけていなければ、俺が好きだった表情が見られる筈なのに、何度瞬きをしても視界は悪いまま。
殿下のその肩に、顔を埋めた。
気が付いてる。
これは、つかの間の夢。
あるはずのない時間。
この人の身体は、もう、失われてしまった。
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