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よもつひらさか 8

「松風」 呼ばれたけれどふるふると首を振って、殿下の身体にすがりついた。 「松風……顔を、見せてくれ」 上手く動かない左手も殿下の背に回す。 ぎゅうっと力を込めて、身体を引き寄せた。 耳元で仕方ないなと笑う声がして、ちゅ、と耳を食まれる。 何度も何度も、優しく唇を押し当てられて、俺の腕の力が緩む。 殿下の唇が、あちこちにふれていく。 こめかみに。 額に。 眉に。 両の目の上に。 頬に。 鼻に。 顎に。 「よもつへぐいになってはいけないから、ここから先はお預けだ」 もう一度、額に口付をして、殿下は俺から離れた。 「殿下」 「時間だ、松風。続きは、まただな」 「槻代さま……」 「次に会うまでには、もう少し間があいていると、わたしが安心できる」 「槻代さま!」 ぎし。 殿下が完全に離れて、俺は自分が船に乗せられていることに気が付いた。 かさねがふんふんと俺に鼻づらを摺り寄せた後、グイッと船を押し出す。 「いきなさい、松風。お前はちゃんと、わかっているのだろう?」 「槻代さま!!」 「いきなさい」 船は流れに乗り、勢いよく動き出す。 「槻代さま……! ……かさねを、お願いします……」 動きの悪い身体。 傷さえなければ、飛び降りて戻っていたかもしれない。 けれど、それは望まれていないのも知っているから、小舟の縁からにつかまってあの人を見た。 これで、本当に最後かもしれない。 かさねと、かさねのそばに立つあの人の姿を、記憶に留めようとした。 俺の願いが届いたかのように、最後に、視界が明るくなる。 バカだね、お前は。 あの人はそう言っている顔をしていた。 俺の大好きな、少し困ったような笑顔を、確かにしていた。

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