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6.バツなし三十路男、モテ期晩成?『草食系男子』に狙われる?【告白編】
「庭野さん!」
昼休みを終えて下の階に降りようとしたオレが、屋上のドアノブに手をかけると突然背後から声をかけられた。立ち止まって振り向くと、意外な人物がそこにいた。
「オレ、立候補していいですか?」
「て、何に?」
声をかけてきたのは新入社員の広永 くん。女子社員が「かわいい~」「ちょーイケメンなんだけどぉ」と悩ましい声で騒いでいたので名前も顔も覚えていた。澪央 くん澪央くんとすでに下の名前で呼ばれてアイドルみたいな扱いを受けている。なんと羨ましいことか。なぜかおっさん上司にまで――それは羨ましくないので置いといて……
そんな子がオレになんのようだ? 真剣な顔で見据えられてオレは困惑する。広永くんの答えは?――
「庭野さんの彼氏にです」
「彼氏って……」
「オレ、本気ですから」
この少し前オレは今いる屋上に海理と一緒にいた。昼休みはよくここで駄弁っている。海理はというとなんか残っている仕事があるらしく、残業したくないからもう行ってる、と先に下に下りて行った。時間を巻き戻すとこうなる。
数分前のオレと海理の会話IN屋上――
「土曜会うって言ってたおっさんとどうなったの?」
「ああ、あれな。会ったよ」
「で?」
「ラブホ行っちゃった」
「……やっちゃったの?」
「やってねえわ! やりそうになったけど……」
「どういうことだよ。ちゃんと聞かせろ」
「痛くて断念した」
「それってアレのこと?」
「うん、アレ」
「そうなんだ。そんなでかかったの?」
「それもだし、すっげー元気だった。54なのに精力絶倫って感じで」
「へーえ、そうだったんだぁ。ウケる~」
「女子高生みたいに言うな!」
「クスクス、で他にどんなことしたの?」
「フェラさせられた。もう最悪だったよ。おっさんエキスいっぱい飲まされて」
「ふふふ、なにそれ? おっさんエキスって」
「まずキスされておっさんのヤニくさ~い唾液を口の中に注入され、舌で舌をベロベロ舐め回され、その後『君が咥えてるとこ見たい』って言われてフェラさせられて、おっさんの精液飲まされた。気持ち悪くて死ぬかと思った……」
「はっはっはっ、おっさんの精液ってどんな味だよ……」
「例えようのないまずさ。マジきつかった」
「ふっふっ、大変だったな」
「……思い出しただけで吐きそう……うえっ」
「嘔吐くな嘔吐くな、ははは。――また会うの? その人と」
「会わねえよ」
「ふーん、でもおっさん会いたがってるかもよ?」
「もう無理っ。今度は自分で相手探す」
「どうやって?」
「アプリとか」
「ゲイアプリ?」
「教えな~い」
「なによ~教えなさいよ~」
「“彼氏”ができたらあんたにも紹介してあげるわ」
「まあ、うれし~約束よ?」
「おっけー♪」
広永くんはこの会話を聞いてしまったらしい。
「盗み聞きはよくないぞ」
「聞かれたくない話をあんなでかい声でしゃべらないでください」
「すみません……」と何故かオレが謝る。あれ、この子こんなにきつかったっけ?
「てか、どこで聞いてたの?」
「あのベンチです。庭野さんたちが来る前からオレ、あのベンチで寝てたんで」
「寝てた!?」
あのベンチとは屋上の隅っこのほうにあった。そこに座って弁当を食ってる奴がいるのはよく見かけるが、迂闊だった。
「ベンチなんかで寝るなんてお行儀悪いぞ」とオレが喝。って全然怖くないが。
「寝てたって言っても、横にはなってませんよ。座ってです。以前横になってたら襲われそうになったことがあるんで、横になるのはやめました」
「襲われそうになったって……」
さらっとすごいことを言う。何があったんだ広永くん!?
「誰に襲われそうになったの?」
「そこ気になります?」
「気になるでしょ!? 襲われそうになったなんて言われたら。で、誰に?」
「男の人です」
「え、男ってうちの社員?」
「そうですけど」
「誰、誰?」
「それは言えません」
「上司かな? 同期かな?」
「……」
歌うように言うと、ものすごい冷ややかな視線で見られて、オレは尻込みした。うおっ、目力強っ……! 一旦その追及を諦め、質問を変える。
「じゃあ、何されたの? 殴られそうになったとか?」
「いいえ」
「財布取られそうになったとか」
「いいえ」
「ええっ、気になる! 何されたの?」
「気にしないでください。たいしたことじゃないですし、未遂でしたから」
「気になること言ったの君だろ? 何されたのか知らないけど、何か心当たりはないの?」
「わかりません。何も思い当たることがないんで。人の顔覗き込んできて何しようとしてたんだか」
また、すごいことをさらっと……! 何されそうになったんだ広永くん!? よし、再度トライ!
「ずばりその人の名は?」
「君の○は、みたいに言わないでください」
「いいから教えなさい。誰なんだ、君を襲った男は? 全部吐いたら楽になるぞ?」
「ほら、咽に指突っ込んで~」とふざけて言うオレを軽くスルーする広永くん。無視か~い!
広永くんがオレの目を見据えて口を動かす。
『○』『○』『○』――ひみつ?
「なんだよそれ、口パクじゃわかんないよ!」とオレがつっこむと
広永くんは「クスクス……」と悪戯っぽく笑った。
「庭野さん、言いそうだから」
「なんだよ、誰にも言わないから教えろよ~」
――いや、海理には言うな。
「駄ぁ目」と甘い声で言ってにっこり笑う広永くん。天使降臨……か、かわいい。
一拍置いてから広永くんが切り出した。
「話がだいぶ逸れましたが庭野さん、彼氏探してるんですよね?」
「え? あ……」
「だったらオレが立候補します。オレと付き合ってください!」
「ちょっと待って、えっと」
何この飛び入り参加みたいなシチュエーション。初心な独身男 を騙すドッキリか? めっちゃモテるくせになんで男のオレに……? まさかゲイ? わからん! とりあえず断ったほうがいいよな。オフィス内はさすがにヤバい。社内のアイドル澪央くんと三十路男が付き合ってるなんてばれたら、女子社員に刺されるかも? うわああ~どうしよう、なんも策が浮かばねえ……もういいや!
オレは考えることを諦めた。
「とりあえずトイレ入って○んこしてから考えるわ」
どうだどうだ。冷めたか? 呆れただろ? ドン引きだろ~?
「最低ですね庭野さん……」
ほおら、いっちょあがりぃ♪ ちょろいちょろい。オレってバカなことを言う天才かも?
「でしょ? オレってこんなに幼稚で下品なんだよ。最っ低だよね?」
「違います」
「え?」
「下ネタ言ったら、オレが引き下がるとでも思ったんですか?」
「いや、その……」
「見くびらないでください」
「っ!?」
「オレ、そんなことで動じませんから」
「え、で、でも」
「そんなことで庭野さんのこと、嫌いになったりしませんから」
「マジで?」
「マジです」
こんなことあるのか? なんて返すのが正しいのか、答えがわからん! こんな時海理がいてくれたら……海理、助けてくれ~!?
すっかり追い詰められて友に助けを求めるオレだった。
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