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7.バツなし三十路男、モテ期晩成?『草食系男子』に狙われる?【腐りかけのバナナ編】
「付き合っちゃえば」
海理が言った。広永くんに告られた日の帰り道、海理と駐車場――会社の駐車場は狭いので、社員の多くは近くの駐車場を借りている――に向かって歩いて行く。オレたちは、いつもこうして一緒に帰っている。海理の意外な反応にオレは
「止められるかと思った」と困惑した。軽くね? 海理が不可解そうな顔をする。
「なんで止めるんだよ。お前、男と付き合いたかったんだろ?」
「それはそうなんだが、オフィスラブはあかんかなと思ってな」
「なんでやねん、試しに付き合ってみたらええやんか」
「いいわけあらしまへんねん」
「あらしまへんことあらしまへんねん」
「おかしな関西弁やめい~」
「お前もな」
「海理」
「ん?」
「好きやで」
「? 何だよ急に……」
海理が立ち止まって、戸惑う表情でオレの顔を覗き込む。珍しく会話のテンポが悪くなる。
「素になってる素になってる。ドキッとした?」
「してねえわ!」
「でもほんまやで、海理。お前といるとほんと落ち着く」
「ふざけんな」
海理がオレを睨んだ。
「ふざけてねえよ」
海理の反応を尻目に、オレがぼやくように言う。
「広永くんはさあ、笑うとめちゃめちゃかわいくてマジ天使なんだけど、オレのボケをスルーするんだよな。それがちょっとさみしい。だけどお前は必ずなんか返してくれるから好き♡」
「そんな意味の好きかよ!」
「ミスター・ナイスツッコミ」
「馬鹿にしてるだろ……」
「やっべえマジ好きだわ。結婚する?」
「しねぇわ!」
「そ、じゃあオレ“澪央くん”と付き合おうっと♪」
「好きにしろバーカ」
「ありがと♡」とオレは海理にウインクし、投げキッスを送った。
「いらねえわ!」と海理が顔を歪めて言う。
あら、不機嫌になっちゃった。でも好きやで――カッコ笑い。
海理と話してたら、いろいろ悩んでたことがどうでもよくなった。広永くんには明日返事しよう。にしても広永くんは、オレのどこに惚れたんだろう。多分あれか、青くて新鮮なものよりも、熟して腐りかけのバナナのほうがおいしい的な? 三十路の男の熟した魅力が出ちゃってるのかオレ? オレの魅力に気付かない愚かな女子社員共よ、思い知らせてやる。お前らが狙ってるアイドル級イケメン澪央くんのハートを射止めたのはこのオレだ! 後悔するがいい!
「庭野さんてよ~~く見たら結構イケてない?」「限りなくふっつーーうに近いイケメンじゃない?」「身長高くないけどスタイル良くない?」「ふつうスペックだけど抜群の安定感じゃない?」「素敵やわ~、抱いて~!?」「あたしもあたしもあたしもあたしもあたしもあたしもあたしもあたしもーー!!」
なんて今頃言ってももう遅いぜ。オレはもう澪央くんのものだ。澪央くんもオレのものだ! わーっはっはっはっわーっはっはっはわーっはっはっは……!
澪央くん、君は見る目があるな。誰も気付かないオレの魅力に気付くなんて。明日訊いてみよう。オレのどこに惚れたのかな? って。待ってろよ、明日“おにーさん”がおっけー♪ の返事してあげるから。
オレはそんなノリで広永くんと付き合ってみることにした。
翌朝オフィスの廊下で、広永くんとすれ違った。オレから切り出す。
「話があるから昼、屋上来れない?」
「はい、大丈夫です」
それだけ交わすと、何事もなかったかのようにそれぞれの仕事に戻った。
昼休み、社割の弁当を持って海理と屋上に向かった。あのベンチに広永くんの姿はなかった。替わりに女子社員が二人そこに座ってランチタイムを楽しんでいる。
「ラッキョウ食わないならオレにちょうだい?」
「おう」
今日の弁当はカレーライスだった。オレは自分の弁当を差し出して、海理にラッキョウを入れてもらう。
「こんなにうまいのに」とシャキシャキとした歯ごたえのラッキョウINカレーライスを堪能していると
「ラブラブですね」と誰かの声が。ん? と顔を上げると
「澪ぉ……広永くん?」
そこにオレたちを見下ろす広永くんが立っていた。レジ袋を片手に持っている。
「お昼これから?」
「はい」
「オレ、先行ってるわ」と海理が弁当の空き箱を持って腰を上げる。「おう」とオレが返し、海理は屋上から出て行った。一人分空いたスペース――椅子代わりに使っている凸ゾーン――に「座んなよ」と促すと、広永くんは「はい、失礼します」と言ってそこ に腰を下ろした。
カレーライスの残りを完食したオレは、両腕を天に向かって突き出すように伸びをした。ウトウトしてきた。食後のフ○スクを二粒口の中に放り込む。スーッと息を吸い込むと喉の奥にピリ辛くてスースーするミントの味が広がった。
「やばいやばい寝そうだった」と独りごちる。ふと隣を見ると広永くんがお行儀よく千切ってパンを食べていた。太陽光が当たって瞳が透き通るように薄い茶色になっている。男の子だけどごつごつしてなくて、でも丸っこくもなくて綺麗な顔だと思った。いるんだな、こういう子。澪央くん――さっきうっかりそう呼びそうになった。言っても大丈夫かもしれないけど、いきなり下の名前で呼ぶとキモいかも。と思って広永くんと言い直した。
「?」
広永くんがこっちを向いた。不思議そうにオレを見ている。ちょっとつり目でぷっくりした涙袋がある。その目を何? と問うように丸くした。か、かわいい~!
「なんか暑いね今日……」と火照っておそらく赤らんでいるであろう顔を、手の平で仰いで誤魔化そうとするオレ。天を仰ぎ、瞼を閉じてリセット。落ち着け~落ち着けオレ。
「庭野さん」
「ん?」
広永くんが話しかけてきて、オレは居住いを直して顔を向けた。
「話ってなんですか?」
「あ、ああ、あれね」
とうとう言う時が来たか。てか告ったの向こうだし。そもそもなんでオレのほうが緊張してんだろ? オレ、うける~。
「あははは、あははは……」
「どうしたんですか? 壊れました?」
「はい、壊れました……」
昨日ほどではないが、冷ややかな目で広永くんがオレを見る。
「あのさぁ、昨日の返事なんだけど……」
「はい」
広永くんの目力に負けて瞼を伏せるオレ。目力強いよ、広永くん。
「オレ、いいよ。付き合っても」
おお、やっと言えた。女の子に告るときより緊張した~
てかあの目のせいだ。強くて鋭い瞳に射抜かれそうになる。笑うとめっちゃかわいいけど。するとその表情が変わった。
「え、本当ですか!? よかったぁ……」とほっとしたように深い息を吐く広永くん。オレは照れ臭そうに笑った。
「うん、よろしくね」
「はいっ」
語尾が跳ねる広永くん。え、何この心から嬉しそうな顔!? 昨日のあの冷ややかな視線と塩対応してた奴が同一人物とは思えないんだが……なんだこの変わりようは? このギャップは~~!?
「庭野さん」
「何?」
「下の名前で呼んでもいいですか?」
「え、なんで?」
「下の名前で呼んだほうが親しくなった気がしません?」
「そ、そうだね」
「じゃあ、露句郎 さん」
「れ……」
「れおです」
「澪央くん」
「はい、露句郎さん」
名前呼んだだけなのにめっちゃ照れる~
広永くん改め澪央くんは、目がなくなるくらい顔をくしゃーっとさせてにっこりした。きゃわええーーっ!! 何この子、付き合ったらめっちゃ愛くるしくなるやん~くそかわええーーっ!!
オレはその日、午後から外回りだった。なので帰りは澪央くんの顔を見れなかったが、ラインのアドレスを交換していたので、帰宅後さっそくラインを送ってみた。
ろく『ただいま帰りましたm(__)m』
古風な妻かっ!――というツッコミをちょっと期待するが、そこはスルーされる。
れお『お疲れ様。オレも今ただいまですww』
ろく『おかえりなさいませ照』
ただいまですって……
はあ、ただただかわいい~好きぃ。とオレがニヤニヤ浮かれていると、ラインの通知音が鳴った。澪央くんから来たラインを読む。
れお『ラインじゃなくて電話したいです』
ろく『意外、そういうのめんどくさいのかと思った』
れお『露句郎さんは別です』
ろく『え、そうなの? 彼氏だから? 照れる』
その後ラインが来なくなる。
あれ、どうしたんだれおくん? れおく~ん!
ろく『無言やめてこわい(;´Д`)』
れお『だって、、、。。。』
ろく『ツンデレかよ!』
れお『、、、。。。』
れお『電話していいですか?』
ろく『イエスウィーキャン』
れお『使い方おかしいです』
ろく『スマソ、その前に古っ! と言って。。。』
また不可解な沈黙になるのが嫌だったオレは「オレが電話する」とラインして、澪央くんの携帯に電話をかけた。
『もしもしオレだけど』
『もしもしオレですけど』
『澪央くんっ、どうした!?』
『どうしたって?』
『なんかノリいいじゃん?』
『そうですか? 露句郎さん、こういうノリ好きかなと思って』
はあ、好きぃぃ~。れおくんがオレの色に染まろうとしてくれてる……
『露句郎さん』
『ん?』
『テレビ電話にしません?』
『テレビ電話? 顔見て話すやつ?』
『そうです』
『いいけど、あ、さてはオレの顔が見たいんだな? 照れる~』
『……』
『なんか突っ込んで、さみし~』
『無理ですよ。絵戸 さんだったらなんかツッコミそうですけど、オレはそういうの上手くできないですし』
『あはは、海理 のツッコミはいつも的確だからな』
『二人の会話って熟年の夫婦漫才 か、長年連れ添った夫婦みたいに息がピッタリですよね』
『ありがとう、海理 に伝えておく。……あ、うそうそ、嫁は澪央くんだから』
『……』
『無視かいっ!?』
『いいですよ、続けてください』
『へ? どういう意味? その心は?』
『そのまんまの意味です。会話を続けてください』
『不思議な子だね君は?』
オレはふと思い出した。
『ああ、ああ、そうそう聞きたいことがあったんだ』
『聞きたいこと?』
『うん、あのさぁ』とオレは切り出した。
『澪央くんは、何でオレに告ったの? オレのどこに惚れたのかな?』
照れ臭いのでおどけた口調で訊いてみると、澪央くんは『あぁ~』と吐息を洩らした。顎に手を当てて、伏し目がちになりながらはにかむ。あれ、れおくんなんか照れてないか……
『オレ』
『オレ?』
『声が好きなんですよね』
『声?』
オレはポカンとした。澪央くんが続ける。
『露句郎さんの、声が好きなんです』
オレはキョトンとして目を丸くした。
『え、そうなの? オレってそんないい声してる?』
クスクスとスピーカーから、澪央くんの笑い声が聴こえてくる。
『オレ、声フェチなんですよ』
『声フェチ……?』
そう言われても実感がわかなかった。自分ではよくわからないが、オレの声って特別低くもないし、特徴的とも言えない。澪央くんの耳にはどう聴こえているのか。
『声が好きなんて、そんなこと初めて言われた』
『……』
澪央くんが目をとろんとさせて微笑した。えっろ……!?
『屋上のベンチで寝てるとき、いつも聴こえてくる露句郎さんの声がいいなって思って、それで惚れました』
『そう、なんだ……』
今電話でよかったと、心から思う。顔が熱い。恥ずかしい~
「惚れました」とかこんな綺麗な顔の男の子に言われると、めっちゃ恥ずかしいんだけど!? ヤバくね? オレ今遅く来たモテ期?
腐りかけのバナナ、食べ頃なう??
てか、オレが食べられるのか? 澪央くんに?
オレの妄想――・・・
「露句郎さん」
「澪央くん」
「挿れますよ♡」
「痛くしないでね♡」
「挿っきまあああす!」
「あ~ん♡♡」
いやいやいやいや、逆だろ!? やっぱオレが……
「澪央くん」
「露句郎さん」
「挿れるよ♡」
「ぼくこんなことするの初めてなんで
やさしくしてくださいね♡」(お尻の処女という設定)
「わかってるって♡」
「じゃあ、挿れるよ?」
「オッケーです。
バッチコーイ!!」
「あ~ん♡♡」
うんうんうん、やっぱこっちだな。
れお『もしもーし』
わ、やっべ!?
突然ラインが来てオレははっとした。すっかり妄想に浸って、澪央くんと電話していたことを忘れていた。しかもテレビ電話だし、一人でニヤニヤしている所を澪央くんに見られてしまった可能性が!? れおくん、バナナは嫌いになってもオレのことは嫌いにならないで~!
とりあえず謝罪しようと電話でしゃべる。幸いまだ切られてはいなかった。
『もしもし』
あ、出た。即弁明せねば。オレは言葉を急いだ。
『ごめん、無言放置して!』
澪央くんが渋い顔で笑う。
『どうかしたんですか?』
『ちょっといろいろ考え事してて……』
エロいことを妄想してて、とは言えない。
『オレ、今変な顔してなかった?』
『う~ん』と首を傾げる澪央くん。
『別に』と付け足す。
『そ、そう。よかったぁ』
セー~~フ! だな?
はじめての彼氏。付き合った初日に振られなくてよかったぁ~と心から思うオレだった。
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