8 / 25

8.バツなし三十路男、モテ期晩成?『草食系男子』に狙われる?【 Your Name. (誰だっけ?)

━━━☞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ライバル? 彼はそう思っているに違いない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・━━━☞ 「では解散」  ここは会議室。ミーティングが終了し、社員たちが各自資料を持ってゾロゾロと出口に向かって歩いて行く。 「神林さん、オレが鍵閉めときまーす」 「おう、サンキュー」  オレは上司から鍵を預かった。最後の一人がドアの向こうに出たのを見届けると、オレはドアを閉めた。 「これで誰もいなくなったなと」  正確には“オレたち二人以外”は。 「澪央くん、ちょっと資料をそこに置いて」 「?」  もう一人は澪央くんだった。彼は少し困惑するが、腕に抱えた資料をテーブルの上に置いた。チャンス! 180センチぐらいある彼が前屈みになった瞬間、すかさずオレは彼の唇に向かって体を潜り込ませるが――何!?  澪央くんがすごい瞬発力を発揮して、ボクサーがパンチを交わすように咄嗟に顔を上げて半歩下がりそれを避けた。な、なぜだれおくんぅぅ……  キスを避けられショックを隠せない&マジ泣きそう~なオレを澪央くんは睨み付けた。 「ちょっと、何しようとしてんですか!?」 「キス、駄目?」 「会社の中ですよ?」 「大丈夫だよ。みんな行っちゃったし」とドアのほうに軽く顎をしゃくって、ちっとも悪びれないオレ。 「オレ、彼氏だし」といたずら小僧のように舌を出す。あ、そこはスルーなのね。澪央くんは瞼を伏せ、呆れたように溜め息混じりに吐き捨てた。 「そうですけど、今しなくても」 「いや、今がチャンスでしょ」 「んー」とオレは瞼を閉じてキスを待ってみるが…… 「しませんよ」 「なんで? キスしたくないの?」 「オレ別に盛りが付いてるわけじゃないんで」 「え~若者なのに?」 「無視しますよ?」 「いやん、それはやめて」 「おネエですか……」 「お、澪央くんがツッコんだ!?」 「そのノリめんどくさいです。オレには対処できないんで、やるなら絵戸さんとやってください。 「ヤキモチなう?」 「……」  澪央くんはその後ガン無視した。冷めた顔で資料を持って部屋を出て行こうとする。出口に向かう澪央くんにオレは慌てて駆け寄った。 「ごめん」と後ろから腕を回してバックハグ。澪央くんのほうが背が高いので、オレが彼氏を引き止める彼女みたいな図になる。その瞬間―― 「?」  ガチャっと音がしてドアが開けられた。その向こうから顔を出した男性社員とオレたちが対面する。抱き付かれている澪央くん→オレの順に凝視した。やっべ、見られちゃった。とオレがちょっと焦っていると、澪央くんがもがき始めた。 「やめてください!」と言われ唖然とするオレ。 「え?」  それを聞いた男性社員がつかつかと歩み寄り、澪央くんに巻き付いたオレの腕を力ずくで引き剥がした。 「っ……?」  オレは抵抗しない。というか、この状況ではできるわけがない。男性社員はオレを見据えた。ぐいっと眉間に皺を寄せるが一瞬で、すぐにふっと脱力する。 「庭野、新入社員にセクハラするなよ?」  セクハラって……  その言葉に地味に傷付くオレ。オレ、彼氏なんですけど~~っっ!!?  オレの名前を知っているその男性は、以前同じ部署にいた先輩だった。名前は……はて? 首からぶら下げた社員証を見ると“日浦”とあった。結構ガタイがいい真面目タイプのおっさんだ。四角い眼鏡の奥の細い目が怖い。 「大丈夫?」と澪央くんに声をかけている。苦笑して「はい」と答える澪央くん。  くそぉ、せっかく彼氏ができたのに、キスもできないなんて~! 邪魔は入るし、ついてないな。澪央くんはおそらく草食系だ。最近そういう性欲の少ない男性が増えてるらしいし。でもなんでよりによって草食系なんだ……  そのうっぷんを晴らしたかったオレは、外回りから戻ってきた海理を捕まえると、廊下に引っ張っていった。 「どこ連れてくんだよ?」  困惑する海理。オレは周辺を見渡して人がいないことを確認すると 「海理~」と泣きついてハグした。海理も細いが、オレよりちょっとだけでかい(背が)。 「どうした?」  オレは抱擁の腕を解き、「うん」とすねた顔でその旨を語った。 「澪央くんがキスさせてくれない。オレのこと本当は好きじゃないのかなぁ」 「なんだよ急に、何があった?」 「さっき……」 「さっき!? って、どこで何しようとしてんだよ? まさか」 「会議室」 「って……そんなとこでしようとするなよ!」 「え、だってぇ」 「ぶりっ子するな!」 「えーん、海理がいじめる~」 「かわいくねえから……」  冷たい目でそう言われ、海理におでこを指でどつかれた。あ~ん、これぞ愛のツッコミ~♡  仕事が一段落して伸びをしていると「ちょっといいですか?」と澪央くんに声をかけられた。とりあえず廊下に出る。「何何?」とぴょんぴょん跳ねて浮かれていると、澪央くんから提案があった。 「露句郎さん、ルールを決めましょう」  やけに真剣な顔で澪央くんはそう切り出したが、腑に落ちないオレはすっとんきょうな顔で返す。 「ルール?」 「はい、オフィスでイチャイチャ禁止」  禁止ですって? こりゃ、さっきのことが原因だろう。だがそんなことでは食い下がらないのがオレだった。 「見えない所は?」 「駄目です」 「トイレは?」 「駄目です」 「給湯室」 「駄目です」 「屋上」 「駄目です」 「――の塔屋に隠れて」 「駄目です」 「あ、じゃあ裏出口。周りに木がいっぱい生えてるよ」 「絶対駄目です」 「え~じゃあどこでイチャイチャ……」 「会社の外で」 「会社の外?」  オレはしばし考え込むが…… 「オッケー、わかった」 「何か企んでます?」 「んーん、何も」  と言って作戦を練り始めるオレだった。  ほとんどの社員がデスクを後にし、室内がオレと澪央くんと海理だけになったことを確認すると、オレはデスクチェアをガーッと滑らせてバックした。澪央くんのデスクの傍らでストップする。 「澪央くんて電車通勤?」 「はい」  リュックに荷物を詰めながら澪央くんが答える。 「今日車で送ってくから、一緒に帰らない?」  澪央くんがオレの顔をちらっと見る。 「いいですけど」 「ほんと? やった♪」とオレは歓喜して澪央くんの手を握り、ぶんぶん振った。と……  その手を強引に誰かが引き離した。 「ぬ?」  びっくりしてオレが顔を上げると、“あの人”がオレを睨んで見下ろしていた。えーっと確か…… 「眼鏡さんっ」 「誰が眼鏡さんだ。日浦だ」 「あ、日浦さん。お疲れ様で~す」  日浦さんはまた眉間に皺を寄せていた。 「あの、何か?」  言うと日浦さんは、オレの顔から目線を外して言葉を詰まらせた。その目線がつーーっと零央くんの手に移動する。 「手を握ったりするのをやめろ」 「え?」 「言ったよな、セクハラするなって?」とオレを睨む日浦さん。眼鏡の奥の細い目がより細くなる。彼は澪央くんをちらりと見た。 「困ってるだろ」と言うが 「困ってるの? 澪央くん」 「……」  澪央くんは黙っていた。どっちの味方なんだ、澪央くん! 「ああそれ、下の名前で呼ぶのもセクハラだからな!?」 「ええっ、でも他の人も澪央くんて呼んでますけど。ちなみに上司も」 「……っっ」  たじろぐ日浦さん。 「とにかく、不必要に触ったりするのはやめろ! わかったな」 「ほーい、“不必要”には触りませーん」  必要があれば触るけどね――と内心オレは舌を出す。 「んっんー!」  日浦さんは諦めてくれたのか、咳払いしてようやくその場からいなくなった。さよなら、眼鏡さん~。その背中を見送るとオレは切り出した。 「澪央くん、一つ訊いてもいい?」 「駄目です」  澪央くんが即答。 「て、まだ何も言ってないんだけど……」  オレはめげずに続けた。 「この前言ってたベンチで君を襲ったのって、もしかしてさっきの人じゃない?」 「……」 「やっぱり」  なんともわかりやすい澪央くんの反応だった。あの堅物リーマンが零央くんの唇を奪おうとした犯人――その可能性は濃厚だと察したオレだった。

ともだちにシェアしよう!