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14.バツなし三十路男、モテ期晩成?『草食系男子』に狙われる:お持ち帰り【前編】

「こういう場所っていいね。イチャイチャしても怪しまれないし」  澪央くんに肩を寄せてオレは言った。周りがざわついているのでそんな会話もできるそこは、会社の最寄り駅からほど近いところにある居酒屋。仕事終わりに同じ課のメンバーが集まってそこを訪れていた。今日で寿退社する女子社員の送別会をすることになったのだ。女子社員は女同士でいろいろ盛り上がっている。良きことだ。お前らこっち来るなよ……  ちなみに海理はこの時期(夏)には珍しく、インフルエンザで会社を休んでいた。 「澪央くんてもしかして下戸?」 「……はぃ」  乾杯の時に飲んだ一杯だけで、澪央くんの目はトロンとしていた。それも全部飲み切っていない。コップの中にビールが半分ぐらい残っている。弱いなぁ……いつもの目力強い目がトロンとして、なんか色っぽくなってるし。はあ~尊い♥  今だったら寝技で勝てるかも。ぬふぬふぬふ……。ニヤニヤが止まらんわ。 「澪~央くん」  そこへ“アラ50(フィフ)”のお局様社員がやってきた。影で女子社員たちに「フィフねえさん」と呼ばれているのを聞いたことがある。来たな敵っっ!? 「呑んでる?」と上目遣いで澪央くんにビールを注ごうとする。 「は、はあ……」  すでにほろ酔いかそれ以上の澪央くんは、反応が鈍る。いざ、助太刀っっ! 「澪央くん下戸だから、オレにちょうだい?」とオレがコップを差し出すと、お局様(フィフねえさん)がギロリと睨んできた。 「こっわ!?」  ビビッて肩を竦めるオレに 「くーだーさーい」  フィフねえさんは凄みを利かせた鬼の形相でそう言った。人(先輩)にものを頼むときはそう言えと言いたいらしい。 「ええっ、無礼講じゃないの?」 「誰もそんなこと言ってねえわ」と切れるフィフねえさん。 「じゃあ、ください」  しょげるオレのコップに、舌打ちしながらビールを注ぐ。 「ありがとうございます。“ねえさん”」  コップにビールが注がれて、ちょっと機嫌が良くなったオレがにっこり笑顔で礼を言う。と 「ぁあっ?」と切れた時のヤンキーさながらの、柄の悪い目付きでオレを睨み付けてくるフィフねえさん。フワイ? 「“ねえさん”?」と懐疑の眼差しで訊いてくる。あ、やべ。ついあの呼び方しちゃった……。と後悔するオレ。 「あ、増田さんて……アラフィフなのに綺麗だから、おねえさんみたいだなあと思って……あははははは!」  フォローになってるのかこれ? 笑って誤魔化すしかないオレは、フィフねえさんこと増田多恵子さんに笑顔を送り続けた。 「……」  やがてどうでもよくなったのか、澪央くんのほうを向く増田さん。バレなくてよかったが 「澪央くん、食べてる?」とまた世話を焼こうとするフィフねえさん。めっちゃグイグイ来るな今日は。 「遠慮しなくていいからどんどん食べなよ?」 「……はい」  憔悴した顔で澪央くんが答える。 「まだ大丈夫です」とオレが代わりにやんわりと断りを入れると、フィフねえさんは邪魔くさそうにオレを睨み付けてから去って行った。  むむ、また来たかっっ!? 今度はもっと若い20代30代の女子社員が三人組で襲来した。 「澪央くん眠そうだなぁ?」 「もう酔ってんの?」 「うそ~可愛いくな~い?」 「何飲んだの?」 「ビールちょっとしか飲んでないじゃん!?」 「なんか食べる?」 「何がいい?」 「あの……」  オレが言った。女三人衆の視線がオレに集中する。うっ!? 目が六つ……凄い圧っっ! 一瞬怯みかけるが勇気を出してオレは言った。 「トイレ行っていいですか?」 「……」 「……」 「……」  三人供無言になるが 「行ってくれば」 「え……?」  そのうちの一人に、そう突き放すように言われて困惑するオレ。なにこの差? 「あの、澪央くんも……」と付け足すと 「ギロッ」 「ギロッ」 「ギロッ」  六つの眼光に睨まれた。 「っっ!?」  メ、デューサ~?? 心の中でそう叫んでオレは「トイレ行こう?」と澪央くんの手を取る。椅子から立ち上がった澪央くんの背中に手を添えてテーブルを離れる。当然女三人衆はざわつくが気にしない。こうしてオレは、なかば強引にだが澪央くんを連れ出すことに成功した。 『御手洗』という木札が貼り付けられたドアの前までやってくる。その中に入ると二つ並んだ個室は使用中になっておらず無人のようだった。 「大丈夫?」と声をかけると澪央くんは俯き黙り込んだ。 「澪央くん……?」そう問いかけた瞬間。背中から包み込まれた。 「本当はオレと二人っきりになりたかったんでしょ?」とオレの肩に寄りかかりながら言う澪央くん。頭を擦り寄せてくる澪央くんとオレの、髪と髪が擦れ合う。こんな所でこんなに甘えてくるなんて……酔うと甘えんぼキャラになるのか澪央くんっっ!? 甘くて鼻血が出そうだよオレ!!  とそこへカタッと小さな音を立てて、開いたドアから人が入ってきた。やべ!?……オレは焦るが、澪央くんはオレに寄りかかったまま。見られちゃう、どうしよう!? 「人来たよ」と小声で伝えるが…… 「?」  入ってきた人と目が合った。うちの会社の人だった。オレたちを見ている。ガン見している! 何か言いたそうな顔。絶対怪しんでるしぃいい~!?  その人が開口した。 「何やってんの?」  キョトンとしたその表情の裏に、疑念が浮かんでいるのが窺えた。『まさかね』『いやそのまさかだよ』――目でそんな会話のやりとりをしているようだった。とりあえずオレは笑う。笑うしかない。他に浮かばない。 「あははは、あははは」と。 「……」  ふと肩に乗っかっていた頭の重みが消えた。澪央くんが顔を上げたのだ。 「酔っちゃって」 「大丈夫か?」 「はい、なんとか……」とその来訪者に事情を伝える澪央くん。軽くピンチを切り抜けた。その人は納得したのか個室に入っていった。セー~~~~フ!! 此れにて一件落着っ♪ だな?  解散した後オレが澪央くんを送っていくことにした。歩けないこともないが心配だ。決して下心があるからではないっっ多分。  自分も飲んだので多少ふらついてるかもしれなかったが大丈夫、意識ははっきりしている。オレは自分よりも背の高い澪央くんに「送ってくよ」と言って付き添う。 「大丈夫?」 「はい……」  それを見た上司が不安顔で言う。 「あーあー、頼りないなあ」と澪央くんに肩を貸そうとしてきた。すかさずオレがそれを阻止する。 「大丈夫です。オレが澪央くんを責任もって家まで送りますから」 「いいいい、お前じゃ力ないから無理だろ」 「オレに任せてください!」 「いやいや無理するなって、もう帰っていいから」 「いえ、オレにはその責任があるんです」 「なんの責任だよ? それにお前も足元ふらついてんじゃねぇか?」 「え、そんなはずは……あ、でも大丈夫です。オレが澪央くんをっっ」  ふと上司が『おや?』という顔をした。 「お前さっきから、れおくんれおくんて……怪しいな。“可愛い”後輩を送ってって何か変な事しちゃだめだぞ?」と訝るように見てくる上司にオレは、ギクッ!? 「やだなぁ変な事って……そんなことしませんよ~!」と苦笑いした。 「ほんとか~?」  やけにニヤニヤして探りを入れてくる上司に 「いやいやいやいやいやいや~またまたまたまたまた~」と笑ってオレは後退り、澪央くんと一緒にフェードアウトした。

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