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17.バツなし三十路男、「真の友と書いて「真友」よ!」の巻
週明けの月曜日、澪央くんは会社に来なかった。どうしたんだろ。
「澪央くんて会社辞めたの?」
メールを送るが返事が来るまで待てず、近くにいた澪央くんと同期の女子社員に聞いてみると
「商品企画開発部に移動したみたいですよ」
さらっとそう言われた。
「ええっ?」
オレはパニックに陥り、頭を抱える。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃないです……」
目に見えない汗が止まらない。オレ彼氏なのになんで教えてくれなかったんだ? それって別れる前に決まったことだよな?
「澪央くんが移動したって、みんな知ってました?」
その声に周りの社員たちが頷く。
「ええええ!? そんな、いつの間にぃぃぃ~~!??」
「聞いてなかったの?」
「送別会の時、仲良さそうにしてたのに」
「ね~~かわいそう」
フィフねえさん他、澪央くんファンの女子社員たちが口々に毒を吐く。
「……~~っっ!!」
うおおおおおおおおおおおーーーーーーんん!!
オレは感情の行き場を失い、孤高の狼のように昨日に向かって遠吠えした(心の中)
なぜだ澪央くん? なぜそんな大事なことをオレに黙って……
商品企画開発部と言えばうちの課の上 (フロア)だ。そうなれば廊下で擦れ違うこともなくなるかもしれないというのに……
ショックと混乱でくしゃくしゃに頭を掻きむしるオレ。
「ううっ……」
オレが頼りないから? そういえば仕事の話とかされたことなかったし……はああああ、ショック! しばらく立ち直れないかも……
「海理~」
オレは海理に助けを求めた。我が真の友よぉぉぉ!
デスクチェアにいた海理を後ろから椅子ごと抱き締め、「慰めて」と頭に頭を横たわらせるオレ。「ふ~」と海里は大きな溜め息を吐いたあと、「よしよし」とオレの頭を撫でなでしてくれた。やっぱ海理はいい奴だ。だからいつもついつい甘えてしまう。ちなみにこうしてオレたちがじゃれ合うのも、この課の人間は見慣れているので特に騒がない。一部の女性社員がたまにざわつくぐらいだ。
「ううっ、持つべきものは真の友と書いて真友だな」
「クスっ」と海理が笑う。
「はあ。好きぃぃぃ~」
オレが腕に力を込めると
「いてぇいてぇ」と海理が痛がり、オレは腕を弛めた。
「お前ってほんといい奴だよな。お前の彼女になりたいわ」
オレを尻目に海理が言う。
「それは残念。順番待ちがいっぱいいるから無理でーす」
「は? お前そんなにモテたっけ?」
「ふふ~ん」と笑って茶化す海理だった。
昼休み屋上で海理と弁当を食う。本日の社割弁当は鮭がメインの和風仕立て。可も不可もなし。以上。あのベンチには誰も座っていなかった。つまり澪央くんもそこにはいない。もう部署が変わったし、別の所で食べてるのかもしれない。
「そういえばさあ」
オレは朝の話を切り出した。
「順番待ちって、お前彼女いたのかよ?」
リアルに初耳だった。
「聞いてないぞ」と問うと
「言ってないもん」
海理はすっとんきょうな顔をした。
「いつから?」
「ふふふ」
「何で笑うんだよ」
「別に」
「別にじゃねえよ!」
「まあ、いいじゃんそんなこと」
「よくねえよ、なんで黙ってたんだよ」
「黙ってたっていうか、聞かれなかったから言わなかっただけ」
「く~~っっ、なんか腹立つぅうう!」
なんだよ、モテないのはオレだけかよっ!? オレは顔をくしゃーっとさせて腕だけでエアランニングした。
「うめぼしみてぇ」
「うっせー」
うまくもまずくもない弁当を食べ始めるオレ。むむ? よく噛んだらこのシイタケの煮物、味わい深いな。あ、この筍と人参も、あ、こんにゃくも……
「お前さぁ」
海理が切り出した。
「なんだよ?」
きゅうりの胡麻和えに箸を付けようとしたオレは、とりあえずそれを口に運んでから顔を向けた。海理が言う。
「彼女が欲しいの?」
「え?」
オレはきょとんとした。
「女は諦めて男と付き合うことにしたんじゃなかったっけ」
「そ、それはそうだけど……付き合えるなら女のほうがいいし……」
「ふふっ、そりゃ女のほうがいいよなぁ」
海理が笑う。
「お前はいるからいいよな」
オレはむすーっとして口を尖らせた。
「ふふふ」
「ああ~なんか腹立つ~! うんこうんこうんこうんこ……」
「やめなさい、お食事中ですよ」と叱責する海理。オレはやめない。
「うんこうんこうんこうんこ……海理の弁当がうんこ味のカレーにな~れ」と手の平をひらひらさせて呪文をかける真似をしてやった。繰り返すが、本日の弁当は鮭弁なのでうんこを連想させるようなものはない。だからセーフと開き直るオレだったが
「バカか! さっさと食わねえと昼休み無くなるぞ」とを海理に怖い顔で叱られる。
「い~~~だ」
悪びれないオレを無視して、海理は弁当を食べ始めた。
「今度彼女紹介しろよ」
「紹介してどうすんの?」
「どうもしないけど……どんな子と付き合ってるのか、見たいの」
「ふ~ん」
そっけない反応を示す海理を見て、オレはニヤリとした。
「あ、もしかしてその子がオレのこと見て、好きになっちゃったら困るから会わせたくないとか思ってる?」
くふふ、と想像してにやけるオレ。
「それはないな」
海理はあっさりそれを否定した。
「なんだよそれ、失礼な!」とオレはキレる。
「オレに惚れる子だっているんだぞ~!」
あ……。そのあと危うく「男だけど」と言いかけて口を手で塞ぐ。やばい、澪央くんのこと言いそうになっちゃった。そのことを知っている海理はつっこんでこない。余裕のように微笑して言った。
「大丈夫、あの子は“この顔にベタ惚れだから”」
なっ……ななななあああに~~~~~~ぃぃぃいいい!!??
「喧嘩売ってます?」
「いいえ、売ってませんし、買いません」
「呪いをかけてやる! うんこ投げてやる! くそくそくそくそくそ……っっ、ううぅっ!」
勝者(人生の勝ち組)を前にしてオレは泣いた。心の中で号泣した。ちくしょう~のちくしょう~のちくしょうめぇ~~~~!!
今日の飯は、うんこの味がした。(うそ)
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