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20.バツなし三十路男、恋に堕ちる?【予感編】

 あっ、穴空いてる。  広げたTシャツが劣化して穴が空いていた。とりあえずこれは部屋着用にとっておこうと避けておく。6月に入ったので、そろそろ夏物を出そうとタンスの中を整理しているところだった。この服色褪せたな……。気が付けば年季の入ったTシャツばかり。彼女がいないとおしゃれしなくなるもんな。オレは上下スウェット姿から、もうちょっとちゃんとして見える服に着替え、車で行きつけの店に向かった。  本日は土曜。助手席にはかわいい恋人が――  いるわけがない。  はははははは、そうだオレ、澪央くんに振られたんだった。ガクッ。  くっそ~今日はおしゃれな服を買って、新しい恋人をゲットするぞ~! と決意という名の強がりを心の中で宣言するオレだったが……  ラジオを付けると、不吉なことを言われた。 「午後から天気は下り坂です」  下り坂って……  オレの心に雨が降る。しとしとと。  誰かオレのロンリーハートを慰めてくれ~~!? 「今週のテーマは「雨」。みなさんの雨にまつわるエピソードなどなどメッセージお待ちしてますっ。ではさっそく最初の方のメッセージをご紹介しましょう。ペンネーム関節腫れるやさん。『20代で痛風になりました~! 雨の日風の日めっちゃつらいで~~~す泣。憂鬱な雨の日に聴いたら元気が出る曲かけてくださ~い!!」痛風……っあれって痛いらしいですよね~、うちのスタッフもうんうん頷いてますけど。そんな関節腫れるやさんのリクエストにピッタリなんじゃないでしょうか。今月ニューアルバムがリリースされた「お天気っ娘」で「LONELY 論理 HAPI HAPPY!」」  ラジオからアイドルグループの歌が流れてきた…… LONELY 論理 HAPI HAPPY! LONELY 論理 HAPI HAPPY! 憂鬱な雨 傘からはみ出た鞄 車が飛ばした飛沫に靴が濡れても YOU 鬱になるな 雨は大地潤して 七色の虹の橋描くよ 憂鬱なきみの頬濡らした涙の雨はきっと つぎのステップへとつづく橋を描くよ ものごとは考え方次第で変わるのさ さみしい論理 たのしい論理 うれしい論理 論理論理論理論理論理! ロンリーだって変わるのさ! たのしいときは素直に笑えばいいさ うれしいときは素直に喜べばいいさ さみしいときは素直に泣いて その涙で 描け虹色の橋! その橋を渡れ! GO GO GO!! LONELY 論理 HAPI HAPPY! LONELY 論理 HAPI HAPPY!  うまくはないがパンチのある歌声を聴いたらなんか元気が出てきた。   次のステップに進むぞ露句郎~!  そう、オレはろくろう。六月生まれだからそう親に名付けられた。「六月」の「ろく」と「梅雨」の「つゆ」→「露」に男だから「郎」を付けて「露句郎(ろくろう)」。女の子だったら付ける予定だった「露子(ろこ)」は愛犬に「ロコ」として使用された。ちなみにシーズーのオスだ。  10分ほどで店に着いた。店内には既に夏を意識したディスプレーがしてあった。ストローハットを被ったマネキンが、半袖シャツに短パンを掃いている。肩に掛けたバッグは白いメッシュ素材で、麻紐で編まれた夏によく見かけるデザインのものだ。店員の二十代くらいの男性も、半袖シャツに短パンを穿いていた。店長は四十代前半くらい。ここは若者でも落ち着いた雰囲気の客が多い。ほどよくカジュアルなものが売っているので、幅広い年齢層の人が利用している。癖が強くないので他のブランドの服ともミックスしやすい。ただ全体的に利用客は標準か、それより細い人が多い。なので店内を歩いているのはスタイルが良い客ばかりだ。その中を歩くオレも、ちょっとだけかっこよくなったような気分になれるw  ファッション雑誌もろくに見ないしとくに何を買うか決めてこなかったオレは、なんとなく気になったものを手に取って見ていく。これ似合うかな? とその服を肩に当てて鏡を見る。あ、これもいいかも、とシンプルなデザインのシャツに手を伸ばした。 「?」  誰かと手がぶつかってしまった。同じシャツの上で手と手が重なる。オレより大きな手だった。 「あ、すいません!」 「すいません」  お互いに謝る。顔を上げて見てみると隣にすらりと背の高い男性がいた。さらにオレより若い。おそらく…… 「いいのあった?」  彼女(おんな)付き。男性の背後から、ロングヘアの女の子がひょっこり現れた。だよな? だよね? ですよね……思わず引き攣った苦笑が溢れるオレ。  一瞬、ほんの一瞬だけどランデブーを予感してしまった自分を密かに恥じたいと思う。なわけないだろって!  てかおしゃれな人ばっかだなここ。もうちょっとファッション研究しよう。なんかオレ、浮いてる気がしてきた。そこに一人のリーマン風の男性が入ってきた。というのもYシャツにスラックスの所謂クールビズの格好をしているからそう見えた。ツーブロックにしていて、なかなかオシャレだ。店内を物色しながらこっちへ歩いて来る。 「?」  目があった。数秒間が流れる。オレはそいつを知らない。おそらくそいつもオレのことを知らない。やがて各々が他の商品を見に別の方向へ。  マンガで異性愛者なのにある日特定の同性に恋愛感情が芽生えてしまった! なんてことがあるが、んなことあるか~い! と思っていた。が  あれは本当かもしれない。作者はフィクションで描いただけだろうが、その現象は現実に起きた。  さっきの男の人を見た瞬間  初めての感覚が沸き起こった。  言いようのないしっくり感。  恋愛の対象として  想像しても  嫌な感じはしなかった。  あることが過る。  この(ひと)となら別に  アリかも……  なんだろう、この感じは  全然  やじゃない。

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