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第2話 給料日直後の金曜日

――引くだろ。これ…。つい、ついな…やり過ぎたよな… ローテーブルの上に隙間無く並ぶ様々なつまみやおかず。ここはあいつの家だ。 地元に戻ると決めて、すぐにあいつに連絡した。二人だけで会うのは久しぶりで、町中で顔をつきあわせるのも何だか気恥ずかしかったから、最後にあいつと行った山に誘った。こんな薄情な俺との再会を喜んでくれて、たまに晩飯を作ってやる約束を取り付けて今に至る。 給料日直後の金曜日。あいつの家の最寄り駅で待ち合わせてスーパーに寄った。しばらく仕事が立て込んでたとかで、久しぶりに会ったんだが… 茄子食いたい、蓮根食いたい、と野菜から始まって。スモークサーモン美味しそう、とかチーズどれがいいとか。給料日直後だからかな、肉もフェアやってて。気づけば男二人、手がちぎれそうなくらい袋いっぱいに買い込んで、木枯らしの吹く中あいつの家に向かった。 「これ、冷蔵庫入りきんの?」 「野菜とかはいれなくていいんじゃねぇの?」 「まあ、もう寒いから大丈夫だろうけどな…買いすぎだろ!いくらなんでも」 「食えば良いんだよ。期待してるからな!」 ――くぅ~~そんないい笑顔されたら頑張るに決まってるじゃんか!こいつ、もしかして分かってやってるんだろうか。 野菜の下ごしらえなんかを手伝ってから、あいつは酒の買い出しに出た。 その間におかずを揃えていく。明日は休みだから心おきなくビールを飲むつもり。俺の新しい仕事が始まるまでは、実家でも料理やらさられてるから、かなり上達したと思う。母親に教えて貰ったり調べたりして、レパートリーも増えつつある。もちろん、あいつの胃袋をつかんでやるっていう下心のお陰だ。作ってやる度、かなり喜ばれてる自覚は、ある。 ガチャ、ギィー・・・ 「うっわ、すっげー良い匂い。腹へったーー」 玄関ドアがあくなり嬉しそうな声がする。 ――そうだろ、そうだろ!ひれ伏せ俺に!そんな声を聞いたらニヤケてしまうではないか! リビング脇のキッチン、フライパンで蓮根の仕上げ。食感が残るように炒めて、醤油を鍋肌に沿わせて香りを出す。じゅわじゅわバチバチ音がはじけて香りが充満する。ゴマをふって完成! 「旨そう!サンキューな!」 冷蔵庫にビールをしまったあと、嬉しそうにのぞきこむ。 「ほれ、これテーブルに持ってって。」 蓮根のキンピラを盛り付けた器を手渡し、菜箸で口にひとつ放り込んでやる。 「あひっ、はふはっふ…」 大きな男がはふはふって可愛すぎかよ! 「旨い!ビール、ビールと食いたい。早く飲もうぜ!わー他のも旨そうだな!」 素直に喜ぶ姿が俺の鳩尾をくすぐって蹲りたいくらい愛しい。 明日はこいつも休みだ。ついついビールも進んで、片っ端から食いまくった。 腹が満たされて、酔いも回る。ズルズルと床に寝そべると頬杖をついて見下ろすお前の顔が見える。気持ちいい。 くつろいでるお前、いいなぁ。やっぱかっこいいなぁ。 「お前、モテそうだなぁ。彼女いないとか嘘だろ」 「いたらこんなことしてねぇよ。お前こそあっちに8年もいたらいろいろあっただろ」 「まーな」 「振られてこっち帰ってきたとか?」 ニヤリって顔しやがって。くっそー 「彼女はいたんだよ。最後振ったのはこっち・・・だし」 最後は声が小さくなる。 罪悪感。 「なんで別れた?」 ――え、食いつくの? 何となく起き上がって居住まいを正す。 「いや、すっげー良い子だったんだけどさ」 グビリ…ビールをあおる。 向かいを見ると答え待ちの顔。 ――やっぱりお前がいいって思ったから!って言うかHの最中にお前の顔が浮かんじゃった…なんて言えるわけねぇだろ!可愛いし、明るいし、気がつくし、何で俺の事を好きになってくれたんだろって位良い子。でもお前の事諦められなかったんだよ! そんな事が頭の中で渦巻いて、なんとなく言葉が継げない。 「悪りぃ。言いたくなかったらもういいぞ」 お前がきまりの悪そうな顔で頭を掻く。 「いやいや、修羅場とかそんなんじゃなくて!え・・・と、なんかあっちの親に気に入られちゃってさ。田舎だから土地とかたっくさんあってさ、母屋のとなりに家建ててやるから婿に入れ、みたいな話になっちゃって...」 「結婚するつもりなかったんだ?」 「――う・・ん、そんなことは考えてなくて…」 「うわ、遊びだった?それともその両親と合わなかったとか?」 「んな訳じゃねーんだけど。告白してくれてさ。俺そんなモテるわけじゃねぇから、まあ嬉しくなって付き合ってみたんだけど。ご両親もめっちゃ良い人だったんだけどさ…」 汗をかいたビール缶の注意書を指でなぞる。指についた滴が涙のようだ。 ほんと良い子なんだ。あの子と普通に、普通の、人並みの?人生を送るのかなって思ったんだけど。 ――どーしても。お前の顔が邪魔するんだよ。お前が悪い… 「いや、俺最低…」 つい声が出て。ビール缶に額を乗せて脱力する。 ごめん、ごめんなさい。傷つけて不義理してごめんなさい。俺、もう結婚とかしないし、こいつにアタックして玉砕したらもう恋愛しません!枯れます。 「なんだかわかんねぇけど、俺はお前が帰ってきて・・・まあ・・・嬉しいけどな。」 お前の穏やかな優しい声。 ――何だよ!まあ・・・って! ガバッと顔を上げると、お前の神妙な顔。 「ブッ・・・お前・・・おでこ。プルタブの痕まで見えるぞ…」 いつもの顔に戻って笑う。 額を擦れば確かにでこぼこしてる。 カシャカシャーカシャ… 「あっ、写真撮るな!やだ!消せよおいー・・・あーーークラウドに入れただろ!」 楽しい。お前との時間が楽しくて体中の細胞が踊るような気がする。 俺の心はもっと邪なんだけど、あまりにも心地よくて。 もう少しこのまま親友でいたくて、怖くて、まだこれ以上を望む勇気が出せないでいる。  

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