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Shedding shell

 僕は、かなりの頻度で病院に通っている。病院には母が居るからだ。居ると言っても、それはもう単なる抜け殻かも知れない。  僕が生まれてから八回目のクリスマスが迫る頃、その夜は特に父が荒れていた。普段から怒鳴り散らしているために、父はいつも何を言っているのか分からなかったが、いつも以上に激昂し、とにかく母をひどく罵っているのは幼い僕にもなんとなく分かった。  父は常に怒っている男性、という抽象的な印象でしか覚えていない。そもそも家にいること自体ほとんど無かったように思う。顔すらまともに思い出せない。僕の中では今でも父という存在は限りなく薄い。  母は気が小さくとても静かな人で、父が語気を荒げる側にいても、普段は大人しく頷くだけだった。けれど、何故かこの日の母は父以上に激しく言葉を撒き散らし、耳が痛いほどにひどく喚いていた。汚い言葉を口にする母を初めて見た僕は嫌な胸騒ぎを覚え、いつもならありえないことだったが、母の言いつけを破り荒れ狂うリビングへと踏み入ってしまった。 「何があっても、お父さんが暴れている時はじっと隠れていなさい。決して出てきてはダメ」  母はそう言っていたのに、僕は不安な衝動のままに父母の争いの中に飛び込み、そして初めてこの家に棲む悪魔の姿をまざまざと目にした。  続く記憶は切り取られたように欠落している。記憶の暗転の後は、物や料理が飛散した中で母と二人寄り添って朝まで丸くなっていた事と、悪魔を目にしたのはそれが最初で最後になったという事だけを不思議と覚えている。父というものがどうなったのかは全く分からない。  それから母は、散らかりきった家の片付けをするなりふらりと姿をくらまし、どこかに魂を忘れてきてしまった。  突然病院に搬送されたあとは、今もずっとこのまま、生命維持装置に生かされている。母がどうしてこんな植物状態になったのかは、誰にも分からない。  母は道端に倒れている所を発見された。負っていた頭部の損傷の原因が不明のままで、自ら命を絶とうとしたのか、事故だったのか、何かに巻き込まれたのか、確かめようも調べようも無く、知りたくても何も掴めないままなのだ。  唯一得られた情報は、母はその時、貴重品の他に紙袋を一つ手にしており、その中にはブーツの形をした箱が入っていたと言うことだけだった。

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