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Sakae

 栄は変わり者だ。 どう表現してよいのか分からないが、普通と言われる感覚とは違った感性を持っている、そんな奴だ。  栄とは子供の頃からの間柄で、お互いに施設育ちだった。母が動かなくなってから預けられた施設で出会った。僕が預けられるずっと前から居る子供だと聞いていたが、栄は施設の誰とも馴染むことはなく、常に一人だった。  みんなと同じ事を同じようにこなすことが出来ない、そんな印象だった。やる事が拙いのではなく、栄は何でも出来過ぎてしまうのだ。絵を描いていても、工作をしていても、運動をしていても、本当に子供なのかと疑ってしまう程に完璧だった。丸に点を描くレベルのみんなのお絵描きに対して、栄はまだ小学に上がる前から写実的なデッサンを習得していた。ひらがなやカタカナを学ぶ学校の授業の間に、一人で延々とノートに計算式を敷き詰めていたこともある。肩を並べて他のみんなが学ぶことは全て、栄にとっては退屈で当たり前の事だらけだった。  先生が返答に困るレベルの授業の内容にそぐわない質問をするため、大人にも敬遠されている栄は当然学校はサボりがちで、近所の図書館に入り浸っていた。大人が読む本をあれこれ読み漁っていて、その頃の僕には読めない文字だらけのノートをたくさん書いていた。  栄と仲を深めたきっかけはもうハッキリとは思い出せないが、覚えているのはある日の下校中に道端で猫の死骸を見つけたことだった。  その頃の栄は生き物の死に興味を持っていて、なぜ体の活動は止まるのか、止まったら意識はどうなるのかと疑問を並べ立てては、興味津々に猫の死骸のあちこちを眺め、メモを取っていた。  通りすがりにその様子を見かけた僕は、無残に見える猫に居たたまれなくなって埋葬しようとしていた。 「なぜわざわざ死を隠すの?土中でも土表でも他の生き物に食べられるのは同じ事だろ」 と栄は僕に対峙して問うた。 「猫が可哀想で、悲しいから」 そんなことを僕は答えたと思う。 「どうして可哀想なの?みんな死ぬのに」 まるで禅問答のように栄は質問を重ねる。 「僕がこの猫だったら、多分まだまだ生きたいと思ってたと思う。生きられるだけ生きたいって。栄くんは違うの?」 子供心ながらに何となく栄が不謹慎に感じてイライラしてきていた僕は、少し語気を強めていた。 「確かにそうだ。生きたいと思う、か…ふぅん」 何に納得したのかは分からないが、腑に落ちたように鉛筆を動かした栄は、あっさりとノートを閉じて、猫を埋める穴を掘る僕に並んだ。 「俺も猫を弔うつもりではあったけど、…弔いの意味を少し悩んでたんだ」 栄はブツブツと言っていたが、僕も栄も小学三年生になる前で、やはり栄の言う事は理解できてはいなかった。  それからも栄はずっとその調子で、そのまま大人になった。あれやこれや色んな物や事に手を付けて、様々な成果を上げているようだが、凡人の僕には何一つ理解出来ないままだ。栄の職業が何なのかも未だによく分からない。  何かを書く事にひたすらに没頭していたり、なかなか家に居着かなくなったり、落ち着きなく、なりふり構わない自由人、そんな印象だ。  僕から見た確かな事は、猫を埋葬した日から栄の中に僕という存在の置きどころが出来たようで、あれ以来何故か栄は僕に執着するようになった。僕になら何でも話すようになり、僕の言う事には耳を傾けるようになったのだ。  学校も二人で通い、施設での暮らしも常に一緒になった。今思えば、大人達が手に余した異端児の世話を、僕に押し付けたように思えなくもないが、僕とならそれとなく子供らしく遊ぶようにもなった栄に、僕も満更でもなく、寂しいもの同士という繋がりで絆が深まっていた。  施設を出ても栄は僕を離さず、こうして出た先に着いてきて一緒に暮らしている。何だかんだでもう二十年は側に居るのだ。僕にとって栄はもう当たり前に家族で、唯一のパートナーだった。  あの施設の関係者の誰かが栄の実の親であると聞いたことがある。栄自身から両親の話を聞いたことは一度もない。栄は両親という存在を完全に切り離している。  施設に居る間、大人たちは子供を皆平等に扱う。特別扱いは無かったと思う。決して親では無くあくまでも施設での監督、といった感じに事務的で、子供たちの個々の寂しさは誰しも置き去りだった。  他人であるが故の線引きが出来た、僕たち預かりの子供なら折り合いが付けられただろうが、実の親にあんな風に他人行儀な一線を引かれ続けていた栄の心中は如何なるものだったのか僕には分からない。けれど何も感じていないように振る舞う栄よりも、それを思い返す度に僕の方が心苦しかった。  僕にはたとえ遠くても母に抱き締められた記憶がある。栄は、どうだったのだろう。

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