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第2話穴掘りの顛末

恋とは一体何者なのか。かの有名な小説家は恋とはするものではなく、落ちるものだと言ったらしい。姿のない奴に支配されるほど狐は愚かではない。だから、人間の気持ちなんか分からない。分かってたまるか。 「はぁ……もう、やめてください」 「…………やめない」 「勘弁してもらえませんか」 「断る」 「や、ん……もう、しつこい……ぁっ」 もう何回、何度、同じやり取りをしただろうか。 それは2ヶ月前のことだった。会社の先輩である木ノ下さんと出張へ行った際、新幹線の車内で狐化したところを運悪く見られてしまう。 結果、木ノ下さんによる罠に嵌められ、逃げも隠れもできずに俺の狐を全て暴かれてしまった。 狐の秘密を守るどころか、木ノ下さんの異常な執着により、己の身を差出している状態である。 二人きりでいると急にスイッチが入る。身構える暇も無く、狐化させられてしまうのだ。 さっきも木ノ下さんが仕事をしている隙に帰ろうとしたところで捕まった。週末は一緒にご飯を食べて、木下さん家へお泊まりが日課になっている。 (また破れちゃった。捨てなきゃ) 普通の人間用パンツは、狐化した尻尾に耐える容量が無い。柔らかく伸びやすい布でもないので、大概は耐えきれず穴が空く。家族にバレたら大変なのでコソッと隠れて処分していた。  大人は人間化をコントロールする。だから人間用パンツで十分なのだ。 性感帯である尻尾を散々触られたため、下半身がじんじんしていた。何のために、木ノ下さんの思うがままにされているのか、時々分からなくなる。 風呂上がりは、面倒見の良い木ノ下さんがいつも髪の毛を拭いてくれる。タオルが擦れる音の上で、木ノ下さんがポツリと呟いた。 「お前ってさ、尻尾触られるの好きだよな」 「は…………?好きな訳ないじゃないですか」  無理やりセクハラ紛いのことをされている。と俺は思っている。ただ、ちょっと刺激が強すぎて訳が分からなくなる時は……ある。 「拒否してる割には全く見えないんだよ。やめてやめてって言うけど、気持ちよさそうな声出したり、その気になってる。さっきもよかっただろう」 「………………」 「第一、本当に嫌だったら、家には来ないと俺は思うんだが。違うか?」 「………………」 木ノ下さんは、髪を拭く手を緩めない。 「まあ、俺は思うに、狐には人間と仲良くしてはいけないって掟があって、仲間に秘密にするのが心苦しいのかなと。人間の会社の先輩に弱みを握られて、しょうがなく付き合っているうちに、別に問題ないって思ったんだろう?人間も狐も気持ちいいことには抗えないんだ。皆動物だ」 「どうぶつ……?」 「そう。動物。哺乳類だろ」 「全く違います。人間と同じにしないで下さい。罪悪感はありますけど、気持ちいいことは断じて好きじゃないです」 掟はある。人間と関わってはいけないという絶対的なやつだ。破ったことがバレたら、裁判にかけられ、ガチで狐族から追い出される。子供の頃から何度もそういう同類を見てきた。 俺の場合、脅されたと説明したら何とかなるかもしれない……いやいや、言い訳を考えるところで間違っている。 『悪い』と思っているけど、ズルズル続けてしまう。認めたくなかったが、木ノ下さんには表現できない魅力がある。惹きつけて止まない魔性の何かが、人間と狐の隔たりを超えてしまうのだ。 まるで世の中を騒がせている不倫騒動のような、罪悪感が入り交じった何とも言い難い感覚を喉の奥で噛み潰した。

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