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第5話穴掘りの顛末
「ここの公園は穴掘りをやってはいけない決まりです。それはご存じですか?」
まるで、犯罪を犯したような追求に俺は言葉が出ない。穴掘りが禁止されてるかどうかなんて、確認もしていなかった。
実は、人間の決まり事には細心の注意を払わなくてはならないと、耳が痛いほど言い聞かされていた。
だが、正論で迫る女性を木ノ下さんは呑気に受け流す。
「ミミズ、いなかったんですよね。ミミズは良い土を作るのに、残念です。コイツもガッカリ。な?」
頭を押されたので、俺は力いっぱい頷いた。
「ミミズのことじゃなくて、穴掘りについて聞いてます。論点がズレてます。ちゃんと答えてください。なぜ穴掘りが禁止されているところで、穴掘りをしているのですか?住民の迷惑を考えてないんですか?」
ピタリと木ノ下さんの足が止まる。煽られるようなことを言われたら、不機嫌になるのは当然だ。第一、人の穴掘りを覗いてたとか悪趣味である。
穴掘りは狐にとって神聖な行為なのに。
「迷惑している人を連れてきて貰えれば、謝りますけど。あなたは何がしたいんですか?追求して得することは無いと思いますよ」
「穴掘りの事実は認めますね」
「だから、ミミズを採るために穴掘りをやっていたと言ってるじゃないですか」
目をギラギラさせた彼女は木ノ下さんへ迫り、引き下がる様子は全くない。
怖い。ジャーナリスト的な人種はゴリ押しが仕事なのか。
「では、質問を変えます」
彼女の声色が、低く緩やかになった。
「ここ最近、穴を掘る行為がこの公園で目撃されています。決まって週末ですが、天気は様々です。そこで、見かけた人から興味深い話を聞きました」
突きつけたボイスレコーダーが木下さんに刺さりそうである。原地さんが更にずいと前へ出た。
雨はますます強くなり、雨粒が音を立ててビニール傘で弾ける。
土の香りが濃い。酔ってしまいそうだ。
「『穴を掘っている狐っぽい人間を見た』と言うんです」
「!!!!!!!!!」
驚きで尻尾がピクピクと出てきそうになる。俺は理性を総動員し、木ノ下さんに抱きついた。幸い、木ノ下さんは長めのカーディガンを着ていたので、そこへ身を隠す。
身体が勝手に震える。雨のせいなのか、原地さをんのせいなのか分からない。ガタガタと震えた。
「狐っぽいって、目が?」
「いいえ。尻尾と耳がある、狐のような人間です」
「はははっ、狐人間…………本気で言ってるんすか?そんな人間いるはずがない。妖怪ですかね」
「私はいつだって本気です。現に幼い頃に見たことだってあります。ふさふさの茶色……いや、金色のような尻尾が夕日に照らされて輝いていたのです……」
うっとりとする原地さんを、木ノ下さんは俺を抱えながら軽く肩で突き飛ばした。話の通じない人から距離を置くには、少しの乱暴さも必要らしい。
「はぁ…………?あなたの妄想には付き合っていられません。連れの具合が悪いんで、失礼します」
「待ってください。狐人間はいると思いますか?穴掘りをする狐人間は、日本各地で目撃されているんですよ!!」
「そんなの、あなた方の頭の中にしかいないでしょうね。くだらない。クソがっ」
「あ…………っ待っ…………」
木ノ下さんは俺を抱え、原地さんの先を歩き始める。俺はどうしようもできずに、木ノ下さんにしがみついたまま目を固く瞑った。
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