9 / 41

第9話穴掘りの顛末

買い物終わり、商店街を歩いて帰る。夕日が隠れて雨が降りそうな空は1週間前と同じだった。自然と先週へ思いを馳せる。 「例の事件から1週間か…………」 ポツリと呟く木ノ下さんと同じことを考えていた。 「すみません。木ノ下さんもやりたいことがあると思うので、俺を気にせず外出してくださいね」 居候は肩身が狭い。木ノ下さんの生活ペースを乱してはいけないと思っても、気を遣うには限界があった。一緒にいてもらうより、俺を空気のように扱ってくれたほうが有難い。 「ん……と、明日の早朝からちょっと行ってこようかな」 「朝早く、どこへ?」 活動が夜ではないことに驚く。 「釣り」 「はっ…………一体何を釣るんですか?」 「今の時期はイサキかアジか、運が良ければタイ」 「魚!!!??」 「魚以外に何を釣るんだよ」 「いや、魚って別世界の生き物かと思っていたんで、わざわざ釣りに行く人がいたとは驚きです」 「いやいや、お前の存在の方が驚きだし。日本人は魚が大好きな民族だ」 確か玄関には釣竿やそこそこデカいクーラーボックスがあった。ピカピカで高そうなそれらを不思議な気持ちで眺めた記憶がある。 木ノ下さんは、何かあったら釣りに行きたくなる人間らしい。人間は心が不安定になると、やりたくなることが個々に違う。非常に趣深い。 「魚は……特に海のものはあまり馴染みがないので、びっくりしました。すみません」 「お前も行くか?」 「海へ?ただただでかい水溜まりへ何しに行くんですか」 「だから釣りだって」 木ノ下さんは人当たりもよく、俺が見ている限り交友関係も多岐に渡る。釣りも友人と行くに違いない。 釣り友たるものが存在するだろう。 「明日は留守番よろしく。たぶん帰りも遅くなる。知らない奴が来ても玄関を開けないように」 「分かってます。子供ではないので心得てます」 俺は休日のお供には向いていないと判断されたらしい。 突然、木ノ下さんは神妙な表情で俺を覗き込んだ。 「…………?」 木ノ下さんが俺を見るので、当然のことながら視線をお返しする。見つめ合う2人を、雲の隙間から夕日が照らした。少し眩しい。 「この距離だと、奴らに会話が聞こえていない」 「知ってます。あの人たち結構遠巻きですよね」 「俺たちは一般人だ。犯罪も犯していない。だからこその距離だろう」 俺は小さく頷いた。 実は買い物の間、新たにカメラマンが合流していた。著名人にでもなった気分である。 俺たちを撮っても金にはならないだろうに。彼女の狐に対する情熱は賞賛に値するが、それは狐の知ったことではない。 「いい考えがある」 「……あっ、はい」 と、いきなり正面が暗くなり、むに……と柔らかいものが唇に触れる。 暫くして、木ノ下さんとキスをしたのだということに気付いた。 パニックの俺へ彼は慣れた仕草で短く耳打ちする。 「少し長めにするから、それらしくしろよ。くれぐれも尻尾は出すな」 「……………………ふぇっ……」 2度目は長めに唇が重なった。 彼は尻尾を嬲り下半身は散々弄ぶくせに、キスは全くしてこない。数回遊びで軽くされたくらいだ。 顔から火が出る。 熱くて熱くてたまらない。

ともだちにシェアしよう!