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第9話穴掘りの顛末
買い物終わり、商店街を歩いて帰る。夕日が隠れて雨が降りそうな空は1週間前と同じだった。自然と先週へ思いを馳せる。
「例の事件から1週間か…………」
ポツリと呟く木ノ下さんと同じことを考えていた。
「すみません。木ノ下さんもやりたいことがあると思うので、俺を気にせず外出してくださいね」
居候は肩身が狭い。木ノ下さんの生活ペースを乱してはいけないと思っても、気を遣うには限界があった。一緒にいてもらうより、俺を空気のように扱ってくれたほうが有難い。
「ん……と、明日の早朝からちょっと行ってこようかな」
「朝早く、どこへ?」
活動が夜ではないことに驚く。
「釣り」
「はっ…………一体何を釣るんですか?」
「今の時期はイサキかアジか、運が良ければタイ」
「魚!!!??」
「魚以外に何を釣るんだよ」
「いや、魚って別世界の生き物かと思っていたんで、わざわざ釣りに行く人がいたとは驚きです」
「いやいや、お前の存在の方が驚きだし。日本人は魚が大好きな民族だ」
確か玄関には釣竿やそこそこデカいクーラーボックスがあった。ピカピカで高そうなそれらを不思議な気持ちで眺めた記憶がある。
木ノ下さんは、何かあったら釣りに行きたくなる人間らしい。人間は心が不安定になると、やりたくなることが個々に違う。非常に趣深い。
「魚は……特に海のものはあまり馴染みがないので、びっくりしました。すみません」
「お前も行くか?」
「海へ?ただただでかい水溜まりへ何しに行くんですか」
「だから釣りだって」
木ノ下さんは人当たりもよく、俺が見ている限り交友関係も多岐に渡る。釣りも友人と行くに違いない。
釣り友たるものが存在するだろう。
「明日は留守番よろしく。たぶん帰りも遅くなる。知らない奴が来ても玄関を開けないように」
「分かってます。子供ではないので心得てます」
俺は休日のお供には向いていないと判断されたらしい。
突然、木ノ下さんは神妙な表情で俺を覗き込んだ。
「…………?」
木ノ下さんが俺を見るので、当然のことながら視線をお返しする。見つめ合う2人を、雲の隙間から夕日が照らした。少し眩しい。
「この距離だと、奴らに会話が聞こえていない」
「知ってます。あの人たち結構遠巻きですよね」
「俺たちは一般人だ。犯罪も犯していない。だからこその距離だろう」
俺は小さく頷いた。
実は買い物の間、新たにカメラマンが合流していた。著名人にでもなった気分である。
俺たちを撮っても金にはならないだろうに。彼女の狐に対する情熱は賞賛に値するが、それは狐の知ったことではない。
「いい考えがある」
「……あっ、はい」
と、いきなり正面が暗くなり、むに……と柔らかいものが唇に触れる。
暫くして、木ノ下さんとキスをしたのだということに気付いた。
パニックの俺へ彼は慣れた仕草で短く耳打ちする。
「少し長めにするから、それらしくしろよ。くれぐれも尻尾は出すな」
「……………………ふぇっ……」
2度目は長めに唇が重なった。
彼は尻尾を嬲り下半身は散々弄ぶくせに、キスは全くしてこない。数回遊びで軽くされたくらいだ。
顔から火が出る。
熱くて熱くてたまらない。
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