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第16話休日(side木ノ下)
この間、安いときに買っておいたステーキ肉を解凍してフライパンで焼いた。辺り一面に牛肉の香ばしい匂いが広がり、狛崎の張り詰めた表情も柔らかになっていく。
「木ノ下さん、お風呂入ってきました?いつもと違う香りがします。知らない男の人の匂いも。今日は釣りじゃなかったんですか?」
「え、あ……まぁな」
痛いところを突かれて首がすくむ。
今の狛崎は野性に近いらしく、鼻がすこぶる効くようだ。加藤といかがわしい行為をしようとしたことまで見透かされているようで、後ろめたい気分になった。
「釣りは不漁だった」
「すみません。不躾なことを聞きました。潮の香りがしなかったんで、銭湯でも行ったのかと思いました」
「俺のことはどうでもいいから、飯の支度を手伝ってくれ」
話を逸らそうと必死な俺に対し、狛崎はぐいぐい迫ってくる。
加藤を置いて帰ってきたが、怒っているだろうか。今後、加藤に会う余裕は無いに等しいので支障はないが、申し訳ない感はある。
「木ノ下さん、少しはリフレッシュできました?」
「ああ……」
「なら良かったです」
「お前は人の心配より、自分の心配をしろ」
「現実を直視すると心臓が止まりそうになるんで直視できません」
再び、暗黒モードに入ると厄介である。急いで晩飯の支度をして、悲しむ狐に食べさせた。
腹が膨れると気持ちが丸くなる。ギスギスしていた狛崎を包む空気が和らいできたようだ。ほんの少し笑うようになった。
前向きになって欲しいが、なんせ今まで生きてきて1番の衝撃的な出来事に直面したばかりである。立ち直るまでに時間を要するだろう。見守りに徹するしかない。
遠慮する狛崎をベッドへ誘導し横になる。疲れきった彼を後ろから抱きしめた。
「あ、あの、木ノ下さん…………?」
「何もしないから、黙って寝ろ」
「余計に緊張します」
「人の温もりを感じた方が安心できるだろう。ソファじゃ寝返りもできない」
「…………木ノ下さん」
「なんだ」
「色々、ありがとうございます」
嬉しそうに狛崎が照れているのが分かる。
小さな狐がとても可愛く心がキュンとした。思わず頬へキスをする。
「き、木ノ下さん…………?」
「………………いいから早く寝ろ」
「そんなことされたら寝れませんっ」
「分かったよ」
再び狛崎へ、次は唇へ軽く口付けをした。
「……………………も、なっ……」
「はい、おやすみなさい」
何か言いたげな狛崎を無理やり寝かせる。彼のうなじからは、まだ獣臭がした。クンクンと匂っていると、規則正しい寝息が聞こえてくる。
(やっぱり寝不足じゃねーか)
狐が深い眠りに落ちたことを確認する。ゆっくりとベッドから降り、リビングへ場所を移した。そして隅に置いてあった鞄から携帯を取り出し、とある番号を呼び出す。
本当は、この番号を一生使う予定は無かったのだ。悔しいが、衝動的に消さなくてよかった。
『…………もしもし…………優希さん、ですね。お久しぶりです。突然の連絡に驚きました。貴方が何の用でしょうか』
『ちょっと相談したいことがある』
『……ええ。何なりとお申し付けください』
夜はまだ長い。
俺は深呼吸と共に説明を始めた。
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