17 / 41

第17話 裏側から

悪夢のような休日が過ぎ、平日へ突入した。 あの時を思い出すと心底身体が震える。鬼のような原地さんの表情と不気味な笑い声は忘れようとも忘れられない。人間は本当に怖い生き物だ。 いけない写真を撮られた有名人は、どうやって待つのだろうか。記事が出るのをひたすら待つのか、それとも周囲に予め説明した方がいいのか、どっちにしても処刑前の静けさに落ち着くことができなかった。 そわそわしている俺へ、木ノ下さんは案ずるなと言う。今まで通り普通に暮らしなさいと。なんの自信があるのか、いつも余裕な木ノ下さんらしいと思ったが、俺は心許ない日々を過ごした。 どう考えても事態をそんな悠長に待つことはできない。考えた末、週の半ばに自身の愚行へ終止符を打つことにした。 計画通りに具合の悪いフリをして会社を休む。家で大人しく寝る権利を獲得した俺は、木ノ下さんが出社するのを見計らって、パジャマから私服に着替えた。これから1人で狐老会へ乗り込むのだ。 怖がりな俺は何度も何度も脳内シュミレーションをした。その度に手が震え、思考が止まる。もう戻れないかもしれないので、木ノ下さん宛に手紙を書いた。感謝の気持ちを伝えるとともに、2度と狐には関わらないよう注意書きもしておく。 短い期間だったが、木ノ下さんとお近付きになれて嬉しかった。俺が狐であることの意味を教えてくれた人だった。否定せず、気味悪がらず、狐を好いてくれた。そして俺を原地さんから守ってくれた。彼には感謝しかない。 (よし。鍵は物騒だから後で送ろう。木ノ下さん、本当にありがとうございました) 玄関で頭を下げる。楽しかった思い出は後で振り返って思い切り泣こう。今はその時ではない。 狐老会とは名前の通り、狐の長老達の集まりらしい。『らしい』というのは、誰も実態を知らないからだ。狐一族が人間社会に隠れて共存すると決めた時、発足したと教わった。そして今現在も次の世代に受け継がれ、存続している。 罪を冒した狐は、狐老会を知ることができる。だが、以前の俺のように、のうのうと平和に暮らしていた下っ端の狐には、死ぬまで用が無い組織だ。 ガラララ………… 寂れた田舎のシャッター商店街の真ん中で、店舗の引き戸を開けた。近くに人間がいないことを確認して、灰色の暗く湿った土間を突き進んでいく。実のところ、シャッター商店街は閉店した店の集まりではなく、狐のアンダーグラウンドとして使われていた。 喫茶店、怪しげな飲み屋、不動産屋、麻雀屋、表向きは堂々と営業できない店舗が立ち並んでいる。みんな半狐の姿で自由に行き交っている。堂々と太陽の下を歩くことができない狐が集まる場所として、密かに栄えていた。決して活気がある訳ではなく、昼間は閑散としている。 「おや。可愛い狐ちゃんだねぇ。何しに来たんだい」 「ひいっ……」 通路に座り込んだ半狐に二の腕を触られて、全身鳥肌が立つ。早くも後悔の念が渦巻く。 ここに『狐老会』があると噂で聞いたことがあった。だから来た。きっと誰かはいるだろうし、何か手がかりを得られるだろうと思っていた。

ともだちにシェアしよう!