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第28話忘れたい(side木ノ下)

マンションの前には、見慣れない人影が立っていた。明るい茶髪に丸眼鏡、白いシャツに白いズボン姿は清潔感が漂っている。人間でない雰囲気は消せないらしく、化け物っぽい淡さに身震いをする。夜の闇に消えてしまいそうな儚さだ。 「夜遅くまで大変ですね」 「……………………」 不愉快な表情が顔に出てしまう。 「そんな毛嫌いしないでください。私だって好きで来ている訳ではないので」 「とうの昔に終わったことだろう」 こいつは、狛崎の記事を下げた当時、二度と狐に関わらないよう、わざわざ釘を刺すため俺に会いに来たのだ。自らを七瀬と名乗り、狛崎を預かっている身だと説明された。 同時に狛崎も忽然と姿を消したため、俺は途方に暮れた。探すあてもなく、父の言いなりにならなければならない自分だけが残った。 「最後のお願いに来ました。狛崎真那斗が記憶を取り戻したのです。もし、彼が貴方に逢いに来ても知らないフリをしてください」 「…………は?」 「思い出してはいけない記憶として蓋をしていたものが、溢れ出しました。次、貴方と会ったら狛崎真那斗の記憶を強制的に作り替えなければなりません」 「………………」 「人間に未練があってはいけないのです。私たちはあくまで『狐』。もうずっと前、私たち狐は貴方の曾お爺様に大変お世話になった。だから狛崎真那斗を特別扱いしてきましたが、これ以上彼を庇いきれません」 「週刊誌の記事は跡形もなく消えただろう。何が問題なんだ」 七瀬はふっと柔らかそうな髪をかきあげた。 「彼は人間を引き寄せる不思議な魅力があるみたいですね。記事を書いた記者もまだ狐を追っているようです。狛崎真那斗のことは忘れさせているにも関わらず、です。うちの老人どもが気付く前に何とかしたい」 「俺には関係の無い話だ。好きにしてくれ」 「では、我々の申し出に同意してくれたと。保守的な一族なので、狛崎真那斗みたいな目立つ存在はうちには必要ないのです。感謝します」 彼は深々と頭を下げた。 「貴方は狛崎真那斗に未練は無いのですか?」 「無いな」 「それは安心しました。彼も新しい人生を進むことができる。新しい名前と性格を付与します。目立つことなく『狐』としてひっそりと人生を送ります」 未練……は無い。追いかけても見つからない存在だと割り切っている。 だが、再び会うことがあったら、どれだけ心配したかを懇々と説教することは決めていた。あいつは自分本位なところがあり過ぎる。己の取った行動が、少なからず周りの人間に影響を及ぼすことを身をもって知った方がよい。 再び、七瀬のいた方へ視線を戻す。奴の存在は跡形もなく消え、何事も無かったかのように夜の帳が辺りを包んでいた。

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