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第31話昼下がりの惨劇
(木ノ下さん、木ノ下さん、木ノ下さん……)
寝ても醒めても木ノ下さんが気になってしょうがない。木ノ下さんを覚えていなかった自分へ腹が立つ。あんなにお世話になったのに、渡辺さんと再会する瞬間まで存在を忘れていたとは、どうかしている。
そうだ。自らの意思で木ノ下さんの元から去ったんだ。
あれからどうなったのか、何も知らない。誰に聞いてもはぐらかされるだけだ。俺は狐、木ノ下さんは人間、交わることなく人生は進んでいくのか。ばかばかばか、俺のばか。
結局、星野と共に狐回収の仕事を外された。山根の件が原因らしい。うまくやり遂げたと思っていたのは俺たちだけで、上から見たら任せるには耐え難いようだ。再び雑用係へ戻った。
頼まれた買い物や掃除をしたり、木ノ下さんを想ってため息を吐きながら、日々を過ごしていた。切ない。
「狛崎さん、木ノ下さんには会えたんスか?」
「どこで何してるか分からないって言ったじゃん」
抜け殻のような俺を慰めてくれたのは、暇を持て余した星野だった。
「案外、ネットに名前が載ってたりして。木ノ下ユウキサンでしたっけ?」
「一般人は悪いことしない限り載らないよ」
「ん……と、ありました。木ノ下さん、大きな会社の息子らしいっす」
「えええっ!!!息子??」
木ノ下さんは聞いたことのあるグループ会社の息子だった。
どうりで高そうなマンションに住んでいた訳だ。身につけているものは普通でも、育ちの良さは隠しきれてないような、ふわっと漂う匂いがとても清潔だった覚えがある。
週刊誌の記事を差し替える行為は、金と権力がなければできない。
「『新世代に期待』だって。いいとこの坊ちゃんなら、狐には興味本位かな。俺が働いてたホストクラブは、お金持ちの戯れで成り立ってましたし」
「たわむれ……??」
「お遊びです。人間が狐に本気になるとか、有り得ません」
「うう」
「早く忘れちゃいましょう。さて。アンダーグラウンドから依頼が来たっス。買い出しです」
携帯に送られた買い物リストを見た星野は、車のキーを取り出した。
「木ノ下さんは忘れてください」
「どこ行くの」
「少し遠いホームセンターっス。全く。先輩面したかと思えば、今度は腑抜けですか。手のかかる狐だ」
パーカーをずいずいと引っ張られ、俺は外に連れ出された。眩しさで顔をしかめる。
「まぶしっ……」
「狐は所詮、地下の生き物。人間とどうにかなりたいとか、夢物語です」
「今日はやけに語るね」
「伊達にホストをやってた訳ではないんで。俺にも色々あるんス」
柔らかな小春日和へ軽トラが走り出した。
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