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第32話昼下がりの惨劇

軽トラはのんびり山を登る。目指す大型ホームセンターは、峠を越えた隣の市にあった。 「トイレットペーパーが15個と水が20本。これに乗るかな」 「なんとか乗せるかないっしょ。それか2回に分けるしか」 「先週の冷蔵庫みたいなのは本当に勘弁」 「それは俺も同意っス」 狐バレで配送を頼むことが出来ないので、 冷蔵庫を3台、無理を言って引取りに行ったのだ。引越し業者じゃないかっていうくらい重かった。全身筋肉痛で数日は動くのが辛かったくらいだ。 やっと身体が回復したのに次の買い出しである。まあ、俺の体調なんか知ったこっちゃないだろうが、狐使いが実に荒い。 目的地まであと少しの山道で、星野がトイレへ行きたいと言い出した。しょうがなく山にある小さなパーキングスペースへ駐車する。 慌ててトイレへ駆け込む星野を横目で見送る。車が20台止まるくらいの駐車場からは、町が一望できた。冷たくも春を含んだ3月の風は気持ちが良い。 両手を広げて深呼吸する。 まるで俺を包み込むかのように、風がうねり、吹き抜けた。 狐には、人間と違って花粉症という症状は無い。黄色い山の空気は春の風物詩である。自ら植えた植物により国民レベル級のアレルギーとは、貪欲な人間らしいと思う。 けど、人間には木ノ下さんみたいな人もいるんだ。星野が嫌がるから言えないけど、本当は木ノ下さんが恋しくてしょうがない。もし会ってお礼を言うことができたら、尻尾を心ゆくまで触らせてあげようと決めていた。 (許されるなら、木ノ下さんに会いたいな) 会いたい気持ちを込めて深呼吸し、新鮮な空気を全身へ送る。今は我慢するしかない。狐は人間とは違う。最悪、一生このまま生きていくしかないと自らを説得する。 と、その時である。 腕を広げる俺の脇腹に何かが突っ込んできた。物凄い勢いに、身体ごと後ろへ吹っ飛ばされる。 何が起こったのか理解できない。しいて言えば、車が突っ込んできた衝動に近い。 「おい。勢いよく突っ込みすぎだろう」 「こんなこと、やったことないんで力加減が分からないです」 「そっち持て。素早く運ぶぞ」 「はい」 2人組はひそひそと話しながら手早く足首と手首を縛り上げ、俺の身体を持ち上げた。黒ずくめで表情は伺えないが、背の高い印象の2人である。 「な、な、なんですか!!!うわぁっっ」 「暴れないで。怪我しますよ」 「活きのいい狐だな」 (突き飛ばされた時点でかなりダメージを受けてるんだけど) 持ち方が不安定で、藻掻けば藻掻くほど言葉通り怪我をしそうだった。考えあぐねていると、ガムテープを口元に貼られる。ようやくここで自分の身に危険が迫っているのだと悟った。 「んー、んん、んー……」 「早くしないと」 「落とすなよ、足をしっかり持て」 「分かってますってば」 「んんん、んーーー」 星野はまだトイレから出てこない。 一体昼に何食ったんだよ!! 声にならない叫びも虚しく、俺は背の高い2人組に拉致された。

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