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第34話昼下がりの惨劇

1年ぶりの木ノ下さんは、ほんの少しほっそりしたように思えた。俺の記憶には、いつも気難しい表情で考え事をしている木ノ下さんがいて、笑顔はあまり慣れていない。 でも、目の前にいる彼は、やっぱり本物の木ノ下さんで、夢を見ているみたいだった。 「相変わらずの減らず口だな。筋が通らないと納得しないか」 「俺を拉致した理由を教えてください。どうして普通に迎えに来てくれないんですか」 「よお」って、普通に挨拶してくれたら付いて行ったのに。あんなにお世話になりながら、偉そうな立場ではないのは重々承知だけど、木ノ下さんは秘密が過ぎる。 「お前の後をつけている奴がもう1組いたのは知っていたか?」 「へ…………」 全く知らなかった。 「あんな下手くそな尾行に気付かないんじゃ、消されるのは時間の問題だったと思うぞ」 「だって、俺は何もしていないし……」 「『今は』だろ。1年前、大罪を冒したことは忘れてないよな」 「も、勿論、覚えてます」 「お前のことを良く思っていないジジイが一定数いるんだと。もう狛崎の記憶をまっさらにして、別の狐として生きるしか方法しかないって、お前の仲間が俺に泣きついてきた。狐と人間の関係は一筋縄でいかなくてな、面と向かって狛崎を迎えることはできないんだ。だから敢えて誘拐みたいな形を取らせてもらった」 俺も耳にしたことがある。更生の見込みが無い狐は狐老会により強制的に生まれ変わらせる。聞こえはいいが、記憶がゼロの腑抜けになるのだ。まさに『生きる屍』だ。 「ははは……そう、ですか……」 俺ってやっぱり狐にとって必要のない存在なんだなと、ものすごく哀しくなった。狐として生まれ育ち、何より狐を大切にしてきた筈なのに。全ては身から出た錆である。自業自得だ。 「で、俺から提案がある」 木ノ下さんは俺を見下ろし、ニヤリと笑った。 「人間として俺と暮らすか、狐に戻るか。お前の好きな方を選べ。ここにいれば狐が手出しできない代わりに、仲間には二度と会えない。但し、俺が生活を保証する」 「…………………………………………」 木ノ下さんの提案は、はっきり言って意味が分からなかった。狐が人間として木ノ下さんのお世話になるって。一生、俺が死ぬまで、木ノ下さんと共にするのか……?

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