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第35話昼下がりの惨劇
暫く、開いた口が塞がらない状態で、俺の情報処理能力が停止していた。
「まずは、ほとぼりが冷めるまでここにいろ。今後のことは、ゆっくり考えてくれればいい」
「……………………あの、木ノ下さん……」
「なんだ」
「縄解いてください」
「あはは、ごめん。忘れてた」
部屋にはもう1人、俺を拉致した仲間がいた。田口さんという秘書の方だそうで、とても狐を無理やり誘拐するような人には見えない。
「必要なものは私が買ってきますので、何なりとお申し付けください」
「ありがとう……ございます」
「貴方の兎を預かっております。明日からこちらへ移してよろしいですか」
「ミルク!!元気にしていましたか?」
「ええ、とても」
にこにこと田口さんは笑う。いい人そうで少し安堵した。
ゆっくりお風呂に入り、精神を落ち着かせる。放置してきた星野も気になるが、これから狐に対し、どう落とし前を付けるかを決めなくてはならない。
(はあ……それにしても、久しぶりの木ノ下さんは格好良かった。男前度が上がったな)
得体の知れない俺の面倒を見るとか、プロポーズと思ってしまう。
プロポーズ…………ん??
頬を赤らめている場合では無い。
木ノ下さんは、お父さんの会社を継いでいる。お金持ちの息子らしく、立派なマンションに住み、有能な秘書も付いている。近い将来、木ノ下さんは美人な奥さんを貰うだろう。可愛い子供も生まれ、絵に書いたような、お金のある幸せな生活を送るだろう。
俺は明らかに必要がない。お荷物だ。
薄汚い狐が周りをちょろちょろしていたら、奥さんも嫌がるだろう。ベビーシッターなら傍にいられるかな。木ノ下さんと奥さんが愛し合った証の面倒を見る。実に複雑だ。
どうするにせよ『生活の面倒を見る』と言った木ノ下さんの真意を問うべく、俺はリビングへ向かった。
「木ノ下さん」
「ん?」
ベランダでタバコを吸っていた木ノ下さんが振り返る。外には宝石のような夜景が広がっていた。
「落ち着いたか」
「ええ。あの…………」
「何?」
だめだ。あの瞳に見られたら、身動きがとれなくなる。目を逸らしたまま、俺は木ノ下さんの横に立った。
田口さんは帰ったようで、室内は静寂に包まれている。
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