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第40話狐には分かるまい
それから。
俺は木ノ下さん宅で暮らすことになった。就職先を買収するまでの間は、主夫をやって過ごす。こそこそ隠れて暮らすことも無く、堂々と毎日を楽しんでいる。
狐は表立って接触をしてこない。木ノ下さんが話をつけているのか、あちら側ではケリがついたことなのか、俺には分からない。ただ、身の回りはとても静かだった。
「ほら、ミルク。干し草だよ」
彼女は元気な姿で戻ってきた。田口さんが甲斐甲斐しくお世話をしていたようで、大きくなったミルクはとても丸く愛らしい。
またミルクの世話ができるとは夢にも思わなかった。
「おいで」
ケージを開けると、俺の膝へ乗ってくる。小一時間、頭を撫でてやり、ミルクとの時間を満喫する。品ある狐は兎を捕食対象にはしないのだ。
俺は、狐人間だ。
紛うことなく、狐の血が色濃く流れている。本能には抗えない。穴掘りもやりたいし、発情期(あるらしいけど、よく分からない)もある。人間より鼻も利く。狐の誇りだって無い訳ではない。
狐社会で干され、人間社会でも失格の烙印を押された。そんな自分でも、助けてくれる人達がいる。人間って暖かいんだ。信用に足る人間が沢山いることを俺は学んだ。
これからは、人間社会で生きる。陳腐だけども、一生を愛しい人へ捧げることを誓った。
親交のあった狐達のことは今でも心残りだ。家族も元気に暮らしているか、気になることは山ほどある。
口には出さないけど、心の奥でいつかまた会えるのではないかと淡い期待を抱いていた。狐と人間が仲良く出来たらいいのに、こればっかりはどうにもならない。
生きていれば、いつか絶対に会える。俺はそう思うことにした。
「狛崎ー、ちょっと」
さっきまで書斎で仕事をしていた木ノ下さんが俺を呼んでいる。
「はーい、今行きますー」
俺はそっとミルクをケージへ誘導し、上から毛布を掛けた。
もうすっかり夜も更けている。
木ノ下さんが寝る際に、俺を必要として呼んでいる声だ。こだわりの毛並みにブラシを通したり手入れをするのだ。
今日こそは最後までやりたい。
いや、やってもらえるのか。
お尻の上に気持ちを込めて、尻尾がある様を想像する。精神的に落ち着いたら、自在に出せるようになった。何より必要としている人がいる。
キラキラと輝く月明かりに照らされて、尻尾と耳が妖しく光を放つ。
『秘密のきつね』は、誰にも内緒。
これからもずっと、ずっと、ずっと秘密だ。
【end】
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