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2018年9月28日-1

 9月28日、金曜日の今日は、朝からどんよりとした曇り空が、都内を覆い尽くしていた。  膨らんだ重曹のように厚みがあり、黒の比率が高い灰色で、いつ雨を降らしてもおかしくない雲だった。ひねもす薄暗く、湿り気のある風が強く吹いていた。  17時半過ぎに仕事を終え、岳は駒込のワンルームマンションへと帰ると、作業着から私服に着替え、部屋を出た。まずはJR駒込駅近くの定食屋で晩飯を済ませ、それから山手線に乗った。新宿駅で中央線に乗り換え、会社員や学生に混じって三鷹駅で降りた。  北口から出て、歩いて12分ほど。賑やかな駅界隈を離れ、閑静な住宅街が広がり始める。  道中には武蔵野警察署があり、治安が良いため住みやすいと評判のエリアだ。岳の実家は、その東側にあった。  築30年になる一戸建ての簡素な庭先には、オレンジ色の外灯がついていた。ハイ千峰の門扉を開けて庭に入れば、今度は玄関のセンサーライトが照る。曇天の暗がりの中、眩ゆいほどに光っていた。  高校卒業を機に一人暮らしを始めてからも、実家には頻繁に帰っていた。  だいたいは叔父が作る美味い飯を食うため。それから、広い風呂にゆっくりと浸かるため。祖父母の墓参りをするため。それらに付随して、叔父やそのツレと少なからず会話するため。高校時代の腐りきっていた頃に、いったい誰がこんな未来を想像できただろう。そう思うほどに現在は、実家の人たちとの関係は良好だった。  玄関のドアを開け、三和土で汚れたままのカジュアルシューズを脱ぎ、家にあがる。右手には応接間、引き戸で仕切った奥には仏間、それらに沿って2階へと続く階段があった。左手にはリビングとダイニングキッチン、ベージュのマットが敷かれた廊下を進むと洗面所と浴室があり、トイレが向かい合っている。廊下の電気は消えているが、洗面所から明かりが洩れていた。  リビングのドアを開ければ、着古しの黒いジャージを着た貴久が、ビールを飲みながらテレビを見ていた。風呂からあがったばかりなのだろう。肩にはタオルがかかっていた。  大山(おおやま) 貴久(たかひさ)は叔父のツレだ。7、8年ほど前からこの家で叔父と暮らしており、今や家族同然の存在だ。  そして、岳にとっては高校時代の恩師でもあった。 「おう、帰ってきたか」  岳に気づき、貴久は朗らかな笑顔を向けてくる。日本人らしいと言えば日本人らしいのっぺりとした顔で、目は細く垂れ下がっており、生まれつきなのか、それとも学生時代に明け暮れたラグビーの影響か、肌は浅黒く、口の周りにうっすらと生えた髭も黒々としていた。

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