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2018年9月28日-2

 相変わらず熊みたいだと思った。顔だけではない。体格もだ。  背は181センチある岳より2センチほど低いのに、貴久の方がはるかに大柄だった。学生時代から毎日続けているという筋トレの成果として、彼は41歳になった今も現役のラグビー選手のような体型を維持していた。胸板や腹部にはぎっちりとした厚みがあり、腕や太ももは丸太のように太い。  加えて体毛が濃く、全身毛むくじゃらで、それがまた熊のようで笑える。なのに、スポーツ刈りの頭髪だけは年々後退し、寂しい有様だ。本人はその惨状を自虐して学校の教え子たちを笑わせているが、本当のところはかなり憂いているのを察しているので、このことについては、岳や叔父からは極力触れないようにしていた。  あれ、と今更ながら脳内に疑問符が浮かぶ。  定時制高校の教諭で、平日は22時半頃にならないと帰宅しない貴久が、今日はもう自宅にいる。普段であればこの時間は、授業中だ。 「つーか、何でいんの?」 「今日は、校外学習日だったんだよ」  岳の問いかけに、貴久はテレビに視線をやりながら答えた。「朝から夕方まで、新聞社とテレビ局を見学してきた。なかなかに良かったぞ」 「校外学習なんて、俺がいた時にはなかったろ」 「いや、あった。お前はサボって行かなかった上に、欠席者に課したレポートも出さなかったんだ」 「通りで覚えてねーわけだ」  未体験の事柄にピンとこないのは道理だ。鼻で笑いながら言えば、仰々しく肩をすくめられた。  テレビの前に置かれたローテーブルに貴久は左肘をつき、手にした缶ビールをゆらゆらと揺らしていた。岳はその角を挟んで向かいに腰を下ろす。 「優一は?」 「風呂だ。もうすぐあがってくると思う」  貴久がそう言った直後、廊下からトントンと足音が聞こえてきた。ドアが開き、桜色のパジャマを着た叔父の久我 優一がリビングに入ってくる。  彼はテーブルを囲む自分たちを見て、メガネの奥の双眸をふわりと細めた。 「あら。おかえり、岳」 「おう」 「ご飯は食べた? 何か作ろうか?」 「食ってきたからいい」 「そう。お腹空いたら言ってね。色々あるから」  優一はそう言って、微笑を深めた。  彼とは血の繋がりがそれなりに強いはずなのに、まるで似ていない。  鳶職人になって7年半、日々の肉体労働により薄かった身体には随分と筋肉がつき、さらには身長が180センチを超える自分と、国分寺駅前の書店に長らく勤め、力仕事とは無縁の日々を送っているため線が細く、170センチにギリギリ届くかどうかの背丈である優一。目つきはとにかく悪いが、くっきりと整った顔に対し、(よわい)40にはとても見えない若々しくあっさりとした形貌。がさつで捻くれ者で、27歳になっても悪ガキっぽさが抜けきれていない青年と、10代の終わり頃と20代の大半を新宿二丁目で謳歌したことで、口調や仕草、嗜好にオンナっぽさがある泣き虫なおじさん。  今の自分たちに共通することと言えば、どちらも同性相手に欲情する、そのひとつだけだ。もっとも、自分は女も抱けるが。

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