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2018年9月28日-3

「あら。貴方、良い物飲んでいるわね」  貴久に向けられた優一の目が、キラリと光る。貴久もだが、優一も無類の酒好きだ。久我家の冷蔵庫にはいつも缶ビールが入っているのに加え、野菜室に900ミリリットル瓶の焼酎が入っている時もある。それを一度に空にしても、顔色がまったく変わらないほどには、ふたりして酒豪だった。 「じゃあ、俺も飲んじゃおっと」 「その前に、やるべきことがあるだろ?」  教師然とした芯のある声が、冷蔵庫を開けようとした優一の動きを止めた。彼はだらしないまでに緩めていた表情を一気に強ばらせると、「うぅ」と情けない声を洩らして、伸ばした手を力なく垂らした。  岳は目を伏せ、ひとつ息を吐いた。優一を咎めた貴久の言葉がいやに耳に響き、胸のうちに重い(かげ)りを落とす。  けれども、それこそが今夜、自分が実家に帰ってきた理由だった。  優一が心許ない足どりで、こちらに来た。岳の隣にすとんと三角座りし、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。貴久は流行りの曲とサクラのわざとらしい歓声が流れてくるテレビを消し、静かにビールを呷った。 「……そんなことないと思うけど、一応訊くわね?」 優一が恐々とした目顔をこちらに向けた。「依頼は断るってことでーー」 「いいに決まってんだろ」  僅かに強い語気で言下に答えれば、優一はきつく唇を結び、まぶたを下ろした。程なくして開かれた二重まぶたの目には、先ほどに比べれば、幾分しっかりとした力が宿っていた。  彼の細長い指が、スマートフォンの通話ボタンをタップする。スピーカーフォンに設定したそれが、軽快な呼び出し音を二度鳴らしたところで、プツッと音は途切れ、次いで「はい、安馬(あんま)です」と野太い男の声が聞こえてきた。 「あ……、安馬さん。夜にすいません、久我です」 「あぁ、久我さん! こんばんは、お電話ありがとうございます」  歯切れ良い口調は十数年前と変わらない。けれども、いささか深みを増した声には、弁護士として培ってきたのであろう威厳と手強さが滲み出ていた。年月を経て弁護士事務所の代表へと上り詰め、そして引退後の現在は保護司として精力的に働き続けている男の誇りや自尊心までも感じさせられる。  知らず、こちらの劣等感を刺激されているのだろうか。なんにせよ自分は、この男とは一生、相入れることができないに違いないと、岳は改めて思った。

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